2017年4月24日月曜日

海辺でパエリア

若い友人二人から、うれしいお誘いがきた。
「海辺で、パエリア・パーティをしましょう」

あっという間に話は決まり、週末、家の近くの海辺で、おいしく楽しい時間を過ごした。
この海辺は最近知った所で、広い砂浜の手前まで、車で行かれる。
広い砂浜はきれいでゴミもなく、遠くに海と空が広がっている。

東京と横浜からはるばるきた友人たちにも、満足してもらえたようだ。
まだ肌寒い季節だからか、広い砂浜に人はまばらだ。
ドローンを飛ばしている人、お母さんとランチをしている子供、
空にはハンググライダーが、行ったり来たり、フワフワ飛んでいる。

昔、しばらくの間、一緒に仕事をしたことがある仲間。
あれからたくさんの時間が流れ、それぞれ全く異なる時間を送ってきた。
共に遭遇した特異な体験が、年齢差を超えた絆になっているのかもしれない。

久しぶりの楽しいおしゃべり、おいしい料理(友人は料理名人だ)、
私は多分ちょっと若返ったかも!





パエリアのセット完了
これから加熱

2017年4月14日金曜日

ハリネズミの願い

秋のおわりが近づいてきたある日、ハリネズミは窓辺にすわり、外を見ていた。
ハリネズミはひとりぼっちだった。訊ねてくるものはだれもいないし、偶然だれかが通りかかり、(ああ、ここにハリネズミが住んでいるんだったっけ)と思ってドアをたたいても、ハリネズミは寝ているか、あまりに長くためらってからドアを開けるものだから、そのだれかは通りすぎてしまっているのだった。
トーン・テレヘン作 「ハリネズミの願い」

オランダでもっとも敬愛される作家による童話の書き出しである。
以前新聞で紹介記事をみて、心に残っていた。
偶然みつけて、昨日読んだ。とても心に残る童話(大人向け)なので、紹介します。

自分の針が大嫌いでほかのどうぶつたちとうまくつきあえない、臆病で孤独なハリネズミが、だれかを家へ招待しようと思いたつ。

「親愛なるどうぶつたちへ
  ほくの家にあそびに来るよう、キミたちみんなを招待します。
  ・・・でも、だれも来なくてもだいじょうぶです・・・」

それから、空想というか、妄想がはじまる。
もしたくさん来たら、入りきれなかったら、クジラがきたらどこに水が、
用意したケーキが足りなかったら、口に合わなかったら・・・・。
空想の中で、演説し続ける動物、家にある物を食べつくす動物、喧嘩する動物、あばれて家をめちゃめちゃに破壊する動物・・・。
ハリネズミは隠れていたベッドの下で目をさまし、想像だったのか、
夢だったのか、とホットして、手紙を戸棚にしまう。
ゾウやキリンから、かえるやかたつむりまで、様々な動物を空想の中でお招きし、
空想の中で散々な目にあうハリネズミ。
臆病で気難しいハリネズミ。

☆メモ☆以下、ネタばれですが、ばれても遜色ないと思います☆

で、もうあきらめたとき、小さくノックをする音が。
「だれ?なんで?」と聞くハリネズミに、
「わからない。ただなんとなく。だれか訊ねてきたらハリネズミが喜ぶかもしれないと思ったんだ」
そこには「ちょっとお邪魔するだけだよ」と、ブナの実のはちみつを手に、リスが立っていた。テーブルに向かい合ってすわった二匹は、多くの言葉は交わさずに、
思いやりを持ちながら、静かな午後を過ごす。
この時間がいつまでも続けばいいのに・・・と思いながら。

やがて冬になり、ハリネズミは眠っていた。
みんなが、招待しないでありがとう、という手紙を書いていた。みんなキミの友だちだし、これからもずっと友だちでい続けるから、訊ねる必要はまったくない、と。
リスだけがちがう内容の手紙を書いていた。
「とっても楽しかったね、ハリネズミ」
そしてその下には「また会おうね!」と。

また会おうね・・・それはハリネズミの知るもっともすてきな言葉だった。

そしてハリネズミは心満ちて冬眠に入ってゆくのでした。



今年の展示会参加作品
昨年と比べ退化傾向の事実を納得。
好きならいいという怠惰を改め、来年こそ満足できる作品を描きたい。

祝!幸せフィーリング
春・色々なことが前進して、幸せ感がたくさんの今日、
大好きなお赤飯にトライしてみた。
おいしかったが、お赤飯名人の祖母の味からは遠い。
蒸し器を購入するべきだろうな。






2017年4月10日月曜日

春の夢

箱根のふもと、小田原市にある、長興山紹太寺(ちょうこうざん・しょうたいじ)の
枝垂桜を見に行った。
例年と異なり、今年の春は、寒くて雨が多く、お花見どころではない。
今日は、満開のさくらを見ることができる、たった一日のチャンスだった。

言葉はいらない。
素晴らしかった。






途中の庭でみかけた
三つ編みにされた葉たち

2017年4月9日日曜日

ココア

体にいい飲み物で、自分に合ったものを探している。
栄養もあり、カルシウムも含み、各種効用もあり、カロリーの少ないもの。

結果、現在の所、ココアを飲むことにした。
ピュアココアに、スキムミルク。
最初は豆乳だったが、カルシウムという点で、スキムミルクに軍配。
そして砂糖。現在はグラニュー糖だが、黒糖またははちみつにしたい。

ココアを練っていると、いい香りと共に、白髪の上品な老人の顔が浮かんだ。

私が小学生から中学生の頃だった。
家に定期的に「貸本屋」さんが、自転車で来ていた。
毎週か10日おきか、本を何冊かおいてゆくのだ。
「映画の友」「芸術新調」「世界」「中央公論」などを覚えている。

我が家は、宝石・ミステリマガジン・SFマガジン・文藝春秋・暮らしの手帳
婦人之友とか、子供の学習雑誌などを色々とっていて、本が溢れていた。
その貸本屋さんとどう知り合い、なぜとるようになったかはわからない。

貸し本を運んでくるのが、その白髪の老人だった。
多分彼がオーナーだろう。私には老人に思えたが、50代位と思う。
近所には、本をとっている家はなく、その人は、家に向かって来ていた。
若かった父と、長く話していることもあった。

その人は、どうみても、最初からそのような仕事をしていた人には思えなかった。
生活は豊かではなさそうだったが、言葉使いや物腰など、大変上品だった。
子供の私でさえも、場違いの仕事人に見えた。
知識も深かったようだ。

あるとき、その人はココアも売り始めた。
本当のココアはこうやって飲むものだ、と、
父とその人が、ココアをミルクで練って作ってくれた。
食べ物に関することになると、私の記憶は鮮明である!

シルバーになった私が、一人ココアを練りながら思う。
あの人は、人生の途中で何かあって、貸本屋さんをはじめたんだろう。
いい人生だったろうか。
あの笑顔を思い出すと、いい人生だったに違いない、と確信できる。


2017年4月6日木曜日

遅い春の開始

寒い日が続く。

今年はお花見の約束が満載なのに、開花時期が例年より大変遅れている。
東京に近いこの地では、昨日現在、桜はほとんど咲いていない。
ヤットコサ、ちらほら...である。
いつもなら、もうさくらは散りはじめているのに。
寒かった昔に戻ったようだ。

さくらの満開からは遠いが、観光客は多い。
特に、海外からの観光客が鈴なりだ。
駅にある英語の案内所には、長い長い行列ができている。
団体旅行客なら案内所に聞く必要はないので、行列しているのは、個人旅行客であろう。

季節の訪れも、温暖化で子供時代と変わった。
古い歴史のある故郷の町も、遅まきながらグローバル化の香りがただよいはじめた。
世の中の様々なあらゆることが、スマホ、タブレット、PCをメインに、設計しなおされている。

春がきた。新たな変化を確認する春がきた。

何も手入れをしていないのに、
今年もきれいに咲いた。ありがとう。

柳の新芽がまぶしい

かめたちもゾロゾロ登場中

4月5日・さくらはまだほとんど咲いていない

梅に小さな実がついていた

2017年3月29日水曜日

完全なる個室

一人で車を走らせているときほど、完全に一人になれるとき、集中できるときはない。
一人暮らしとはいえ、家にいるとやらなければならないこと、やりたいことなどが
頭に浮かび、どこか気ぜわしい。

NZに暮らす友人は、疲れると森の中へ車を走らせ、数日過ごす。
ぐっすり眠れて生きかえるのだそうだ。
駐車場に車を停めて、長い時間過ごすのも好きだそうだ。
外からは車中はみえない。
車中からは外がよく見えるので、孤独感もないそうだ。

車は、移動できる個室だ。
車にコーヒーやランチを積み、パソコンを積み、音楽も本も積み、
野外で素敵な時間を過ごすのが夢だ。
それも、静かで、人のあまりいない、安全でかつ洗練された所。
洗練された所というのは、田んぼの空き地とかではなく、
海外にあるような、そのように過ごせるように整った空間という意味だ。
一人のときは何かに集中でき、友人たちと行くときは、楽しいピクニックができる。

あったのです!見つけたのです!それなりに、ですが。 
若い人に聞いてわかった。
家から車で10分足らず、高速道路に入る脇道を下ると、広い砂浜が広がる所。
この地は、何十年も前に、海岸線に高速道路建設を許可し、広大な砂浜を失った。
ばかなことをした、と、多くの人が思っている。

高速道路に入る脇道を下ったそこには、昔と同じ広大な砂浜が広がっていた。
海に向かって車を停められる、おおきなスペース。
その先に、砂浜が続き、そして海がある。
砂浜でボール遊びをしている親子、そのボールにじゃれるとんび。
ここなら、外でお茶を沸かしたり、寝転んだり、なんでもできそう。
10台くらいの車がとまっていたが、皆、静かに海を見ていた。

遠くに行く勇気はまだないが、これを手始めに、まずは近場をもっと探検したい。
車にいろいろ積んで、いい時間をすごそう!

気をつけないと、マギー・スミス主演の英国映画
The Lady in the Van (邦題:ミス・シェパードをお手本に)みたいになっちゃう。
ちょっと違うんですが!

発見できたいい日だった。

なかなか海辺に近づけないくらい広い砂浜

車の中を覗きに来た?鳥
多くの種類の鳥がたわむれている






海に向かって停まっている車たち

2017年3月25日土曜日

NOMO

WBCが終了した。
日本は優勝こそしなかったが、十分満足できる、すばらしい試合を見せてくれた。

日本で全勝を果たした侍たちは、準決勝のために米国へ渡った。
試合は、ロスアンジェルスのドジャースタジアムで行われた。
その始球式に、アメリカのメジャーで大活躍した、野茂英雄が登場した!
観客の割れるような大声援と拍手の中、彼はラソーダ元監督と共にゆうゆうと現れた。
ドジャースタジアムこそ、NOMOのメジャー時代の、一番の根拠地である。

本当に、NOMOは米国で大スターだったのだ!
米国民は、突然現れた憧れの大スター、日本人投手NOMOを忘れてはいなかった。

1996年の夏、私は仕事でロスに行くことになった。
風邪気味の私に、ロスで長く暮らしたことのある知人は言った。
「西海岸の風に吹かれれば、風邪なんてすぐによくなるよ」
本当に町の中には、いつもそよそよと心地よい風が流れ、
風邪をひいていたことなど、すぐに忘れてしまった。

NOMOは、その前年、1995年に渡米した。
閉鎖的な日本野球界の様々な問題が原因で、かなりの年俸や地位を捨て、
日本を飛び出した。
日本の野球界では前代未聞のことであり、大騒ぎになった。
まさにゼロからのスタートだった。

野球シーズンが始まると、ドジャーズのNOMOはあっという間に大スターになった。
ピッチャーである彼の投げる球を打てる人は、最初なかなかいなかったのだ。
三振、三振、と三振の山を築く彼に、米国民は驚き、日本人は狂喜した。

20年前の話であるが:
米国は他の欧米諸国よりは、親日的とはいえ、平等感はどうだったろう?
いまいち平等でなかったとき、日本人が米国民のヒーローの「野球選手」になったのだ。
その後にイチローなどが続いた。
ネット時代になり、あらゆる部門が国際化へと向かい、
両国は、平等感溢れるものになっていった。
平等感の源、日本人への感覚の分岐点のひとつは、NOMOの存在だと私は確信する。
外資系で仕事をしていたので、このような思いを強く感じるのかもしれないが。

栄光とは、だれもやったことがないことをはじめてやりあげた人、
それも単独でやった人に与えられるものだ。
NOMOは、それに値する。

で、私は出張中、念願だったドジャーズ球場に、野茂の試合を見に行った。
広大・広大・広大な駐車場に、スター選手の写真が印刷された大きな旗がひらめく。
80パーセントがNOMOの写真だった。誇らしかった。

観覧席には、バケツのような巨大カップのコーラを飲みながら
「NOMO~」「NOMO~」と叫ぶ男たちがいた。

ロスのやさしい風が吹いていた。
楽しい思い出だ。
おみやげに買った
Tシャツやグッズは、今も大切にしている





たくさんのありがとう そして またね!

友人 内館牧子さんの「お別れ会」だった。 参列者に配られた本の中に、 お得意なイラストと共に 次のメモ書きが挟んであった。 「 心配しないで あっちでみんな元気だから!」 ネー、ダヴィンチに会った? 元就に会った? あっちに行ったらみんないるね、と話したことがあったわね。 4月5...