2024年5月31日金曜日

シンプルに

天真爛漫、楽天家が取柄の私だったが、

年齢や環境と共に、変化または成長(とは言えないな)している。

 複雑にグシャグシャ考えて、世間となんぞ握手できねえ!

と、孤独の澱みに沈み込む。

かと思うと、ウキウキ大きな笑顔の真ん中、幸せの渦の中心にいる。

たいらでいたい。

シンプルに単純に、無関心・無感動でいたい。

そうなったらラクだろうに。

友人に言ったら

「もう少したてば、いやでもそうなるよ」と一言。

はい、そうですか。


今日はパソコンを教える日だった。

雨の中を車で15分、運転すると気分がキリリとして気持ちいい。

世の流れで受講生減少の今、あと何回やるのかな、と思う。

同僚の講師達ともお別れだろう、そして

同年代のそれぞれの人生を思う。皆男性だが。

最初の頃は全く合わなくて、私も随分抵抗した。

彼等にとって生意気だった私を、それでもよくかばい守ってくれた、

と感謝する。

パソコンについて語り合える、この周囲では、随一貴重な存在になった。

そんな自分の気持ちの変化にびっくりした。

成長  ^ - ^ 成長

母が逝って十年。
その時頂いた紫陽花が今年も綺麗に開花した。




2024年2月22日木曜日

バブル

東京株式市場で、日経平均株価が34年ぶり、史上最高値というニュースを

どのメディアでも、トップで扱っている。

34年前、私はボストンに本社のあるITのベンチャー企業に勤め、

その会社の株を、ストックオプションとして与えられた。

世界先端の技術と同様、その株価も日本では考えられない利益を産んだ。

私は、一時的な投資家もどきのバブル時代だった。

今ほどの円安でもなかった。

あれから34年。

ただ貯金しているだけだと、その価値はどんどん下がる事はわかっている。

投資に詳しい友人達は、 何をやっているんだと言う。

近い身内に証券マンもいる。

でも、向いていない、興味を持てない、覚えられない、残念ながら。

お金には縁がないのだわ。

それでいい。私は私。


映画 Perfect Days を見た。

ヴィム ヴェンダース監督 役所広司が主演し、東京が舞台だ。

小津安二郎の世界、禅の世界のようだが、私はそれらはよく知らない。

静かに静かに心に染み入る、いい映画だった。

これからの私の人生の、指針にもなるような映画だった。

何度も思い返している。

株価とは真逆の世界だ。


散歩の途中で出会いました。

カメンフクロウ 🎵





2024年1月25日木曜日

年賀状

年賀状は子供の頃から、あわただしさと嬉しさの混在する、

年末年始の掛け替えのない行事だ。

お互いの年齢を理由に、だんだん枚数が減っている。


当選番号をチェックしながら、改めて頂いた賀状をゆっくり見直す。

私が東京を去ったりコロナのせいで、以前のようには会わなくなった友人たち。

小学校、中学、高校、大学、仕事と社会の出発点である最初の最高の勤務先、

転職後の勤務先1・2・3、海外での出会い、お稽古先、その友人たちの友人。


年賀状は私の歴史の登場人物一覧でもある。私がいて彼等がまわりにいた。

年賀状を見ていると、毎日忙しく楽しく悩み苦しんだ元気な自分と、

その周りで一緒に遊んだり仕事していた皆が、ワーッと集まってくるようだ。


今、年賀状のやり取りをしているのは、絞りに絞った(または絞られた)人だけだ。

続けられる限り、続けたいと思う。

ペーパーレスの方が環境にやさしいので、可能であれば、

はがき形態を保たせて、ネット経由にしたいと思う。


年賀状は、過去の私との再会でもある。

元気と自信をたくさんもらう。

今年の年賀状は4枚も切手が当選した。

異例の多さである。

前回ワンちゃんだだったので、
今回は猫ちゃん




2024年1月21日日曜日

 雨の寒い朝

気分の沈む朝は、子供の頃母が作ってくれた朝ごはんを

作ってみよう。

食パン バター ジャム フーフーしながら甘い紅茶 

キャベツと卵のいり炒め 時々チーズ


チーズもハムもスーパーもほとんどなかった時代、

でもとっても美味しかった。

時間のない朝、バタバタと食べて学校に飛び出して行ったっけ。


雨はどんどん激しくなる。

お・は・よ !

おはよ!








2024年1月11日木曜日

辰年

辰年 2024年が明けた。

「辰」という漢字は父の名前の一部である。

「辰」という漢字を見ると、自動的に父親の姿が浮かび、すぐそこにいるような

気配までしてくる。

しかし父は、辰年生まれではない。

父の兄の名前には長男なので「一」が付き、父の弟は三男なので「三」が付く。

次男の父だけ「ニ」も「次」も付かない。

しかも生まれ年の干支でもない漢字が付けられた。

父は性格も他の兄弟と全く異なる。

「何か秘めた物語があるのかも?」

と興味で目を光らせたこともあったが、叔母たちは父にそっくり(笑)。

もうみーんな別世界にいってしまったな。


誰もが生まれて名前をつけられた時の「ストーリー」または「願い」を

聞いているだろう。

名前がその人を作っていると思う、自然に。

それは、私が自分で実感していることだ。

昨今の自由奔放な名前、それはそれでいいが最低のルールは欲しいと

思う私だ。

最低のルール ① 漢字の場合、 誰もが読めて発音できる漢字であること。

       ②性別を推測できる名前であること

         (ジェンダーレス時代の今反論もあるだろうが)

天を舞い上がるように















生き生きと!




2024年1月10日水曜日

仕事はじめ

 親族の家でゆっくり過ごした年末年始だった。


9日の「日本語ボランティア」が、今年の日常生活の開始だった。

心身ともにすっかり休暇ムードで、ボランティアといえども、

先生としてピチッとできるか自信がなく、フニャフニャ気分だった。


もう一つ問題が生じた。

その2日前の夕方、道路で転びおでこを打ってしまったのだ。

転倒シルバーの話は周囲で頻発している。

いよいよ私にも来たか!

大したことはなかったのだが、日が経つにつれて打った側の目の周りが紫色に変色し、

パンダのようだ〜。休もうか、とも思ったが

元気なので、人に迷惑をかけてまで休みたくはない。

いつもの仲間とのおしゃべりランチは、大切な時間だし。

マスク、サングラス、髪型などで変装を研究したが、

結局ニット帽を目深にかぶる事にした。チラ見えで済む。


準備の最後の仕上げは、マニキュアだ。

マニュキアを塗っていくと、家事の手が社会人の手に変わっていく。

心の中も、社会人(もどき)になる。完了!


日本語の新たな生徒、スリランカの女性は、

冬休み中しっかり勉強を続けていてくれた。今後が楽しみだ。

スリランカのシンハラ語という言語を知った。

サンスクリット文字に似ているが、もっとレースのような繊細な文字。

スマホのキーボードもその文字だ。

深い歴史を感じる。

世界は広く、神秘に満ちているなあ。


「酔っ払って喧嘩して、次の日そういう目になって出社してくる奴がいたなあ」

なんて言われたけれど、新年度社会人第一日目は、

忙しくも楽しく終了した。

シンハラ語
「これがシンハラ語です。綺麗ね。」
と書いてあります。



2024年1月1日月曜日

たくさんのありがとう そして またね!

友人 内館牧子さんの「お別れ会」だった。 参列者に配られた本の中に、 お得意なイラストと共に 次のメモ書きが挟んであった。 「 心配しないで あっちでみんな元気だから!」 ネー、ダヴィンチに会った? 元就に会った? あっちに行ったらみんないるね、と話したことがあったわね。 4月5...