2022年2月28日月曜日

目覚め

 急に暖かくなり、外出時は厚手の上着だけで十分の今日だ。

外は輝き始めているのに、スーパーもお気に入りのパン屋さんも

ガラガラである。

コロナの影響は大きく、春のワクワク感は感じられない。


春のワクワク?

ウクライナーロシア  これ以上犠牲者を出しませんように!

ベトナム戦争のような経験は、二度と起こしませんように。


あしたから3月である。

いつもの散歩道、池を覗くと、

あ!亀がいる!陽光に向かって甲羅干しをしている。

春を実感。 

多くの生物が目ざめる季節だ。


あ!目覚めたのね。おはよ。



アップでみましょう。



もう一匹いました。




2022年2月27日日曜日

国民総動員令

ロシアとウクライナの事を、私はそう詳しくは知らなかった。

今も特別に詳しくはない。

しかし、時々刻々と流れるニュースを見ていると、聞いていると、

ゆったりしたブログを書く気にはなれない。

(私が受けたニュースが、原則・真実であることを前提とする)

ウクライナの一般市民が国を守るために戦う様子、火炎瓶を造っている様子が

テレビに流れる。

国民総動員令も出ている。

女性も混じっている。

命令からではなく、自ら「国のために」と、半分素手で準備している。

国境のないインターネットを通じて、真偽の混在した情報が溢れる。

周りの国々は、国単位だけでなく、個人のボランティアも動き出し、

ウクライナから避難してくる人々を受け入れている。

フランスは31万か所の宿泊施設を確保したとのことだ。


出来るだけ早い時期に、できるだけ死傷者が少なく、

この戦争が終了しますように。


近くの海にて





2022年2月26日土曜日

戦争

 世界中のあらゆる国々は、常に戦争と裏腹の危機をはらみながら、

平和と安全、危機と不安の間を綱渡りしながら維持されている。

小さい規模でみれば、私たち一人一人の家族も同様だろう。

完璧に平穏な国、家庭など存在しないだろう。


しかし、ロシアのウクライナへの素早い侵攻には驚いた。

日本は離れているからピンとこないかもしれないが、

「ヨーロッパは」大騒ぎだ。


ニュースによれば、ロシアとウクライナは歴史的にも、同族に近い関係

同じ民族、今のロシアの文化発祥はウクライナからだそうだ。

また、「事を進めているのは」プーチン大統領の単独指向のようだ。


今、突然こういうことが身近に発生したら、と考えてしまう。

どうやって、何を持ってどこへ行くか?

話し合いもなく、突然軍隊が押し寄せてくるのだ。

TVでみたのだが、押し寄せ撃ち込んでくる彼等に対して

ウクライナの普通の人たちが、自衛団として戦う練習をしている。

立ち向かうのは、無理だろう。

世界の良識の声を上げて、何とか止めさせられないだろうか。

動き出してしまった欲の前では、良識など不可能だろう。

裏で行われているだろう、サイバー上の戦いは

凄いものではないかと想像する。怖い。


今日はこの辺で。

知人宅に、お雛様が飾られていた。
平和な日本。






2022年2月23日水曜日

花粉が飛ぶ前に

ふと気になって、着物のたんすを開けた。

20代30代の頃、茶道を習っていたのと、

着物を着るのが好きだったので、ちょっとだけ着物を持っている。

着物は、母がいたので着ることができた。

着物を縫い上げ、着付けし、私の着物姿を褒め、後始末もしてくれた。

母からしっかり教わろうと思った時には、手遅れだった。

私は着せてもらった時の事を思い出しながら、

そしてYouTubeの力を借りて、未熟ながら自力で着れるようになった。

ほ~んのときたま着る。


たんすの中は、今は似合わないだろう私の若い頃のものが多い。

それでも、帯やショールを工夫すれば、今でも着れるはず、

誰も着てくれる人はいないし、売っても二束三文らしいので、

それなら一度でも着てから始末しよう、

そう思いつつ、年月が過ぎている。

膝痛の今、足袋と草履で出かけられるだろうか?

その前に、これからの高齢生活、着物着て出かける所ある?

家にいる時はなかなか忙しいので、着物でないほうが動きやすいし。


つまり、もう着物はいらないのだ。

分かってはいるが、捨てられない。

それなのに、あまり着れもしないのに頂いたり購入したものもある。

私自身の着物のほかに、家族の着物もあるし・・・。


皆、本当に素敵! と着物好きな私はうきうき。 

自分は、洋服より着物の方が断然似合うと思う。

洋服は、様々な形のデザインによって、体型をいかに魅力的に見せるかである。

着物は、単一デザインで、その形の中に自分の体を包んでいく。

着物は形ではなく、布の質と色が勝負だろうか。


長くなりました。

ふと開けたたんすの中から、湿ったような匂いがした。

大変!と思い、虫干しをした。

花粉が飛び出したら、干せない、急げ。

全部は無理なので、メインのものだけだが、

たんすの中の棚を陽に干し、着物にも風を通した。

まだまだ、未整理だらけだ。

着もしない着物の保存にたくさんの時間を使っている。

でも、放棄できない私だ。


追加

私の着物は、普通の着物です。

「百万以上したの」なんていう着物ではありません。

ウールも木綿も少しはあります。

一番憧れるのは、普段着をちょっと崩して着ることです。

週末着物とかできたらなあ ♬


古ぼけたものばかり、もうやめたら!何て言われます。

陽光で乾燥と消毒
















赤ちゃんの時着ていた手編みのセーター
捨てられない。
両手の平に収まる大きさ。



















手編み。着たのを覚えている気が。
捨てるのは気が重い。








2022年2月20日日曜日

筆箱

 小中学生の筆箱は、おもちゃ化して色々なキャラも満載、

楽しいもので溢れている。

高校生がどんな筆箱を使用しているかは、垣間見るチャンスがないので、知らない。

おおむかし、私が小学校に入った頃、筆箱はセルロイドだった。

ピンク色のセルロイドのふたには、かわいい女の子の絵があった気がする。

電動の鉛筆削りはまだ一般的にはなかった。

寝る前に筆箱をテーブルの上に出しておくと、父がナイフで削ってくれる。

父は、やりがいを感じて楽しんでいた気がする。

朝、ピカピカに削られた鉛筆の入った筆箱をランドセルに入れて、

学校に行ったっけ。

やがて、妹も小学生になり、朝起きると、2つの筆箱が並んでいた。

父の削り方は個性的で、今でも目に浮かぶ。

他の鉛筆と混じっていても、すぐにわかった。


新しいもの好きな都会在の叔母が、電動鉛筆削りが出るとすぐに求め、

家にも送ってくれたので、父の鉛筆削り期間は、

そう長くはなかった。


一時シャーペンを使っていたが、やはり鉛筆は使いかってがいい。

整理をしていたら、中学生時代に使用していた筆箱がでてきた。

整理しながら、小学生の頃のことを思い出していた。

日日是好日である。

中学生の頃使っていた筆箱
その後母が使っていたようだ。
甥の名前が彫られた、ちびた鉛筆がでてきた。


















私が現在使用している筆箱
筆立てにもなる。






2022年2月19日土曜日

野田さん

私は新聞を土日の朝刊だけとっている。

毎日とると、たくさんの広告紙と新聞紙がすぐに溜まって大変だ。

読むのは私だけだし、ゆっくり読む時間は毎日は取りにくい。

一度デジタル紙に変えてはみたが、紙はたまらないが、どこでも読めるが、

読み切れる量ではない事は変わらない。

また、紙面以上の記事や興味ある読物があり、それらを読まないで済ますのは

もったいない気がしてしまう。

そこで配達店の提案により、週末だけとることにした。


ニュースや事件はほとんどわかっているので、それ以外を読む。

興味のある情報は、すぐにネットで検索して調べる。

新聞を読むときは、いつもタブレット片手である。

こんなの毎日やっていられないが、週末のこの時間だけで、多くの情報を得る。

今日はポットキャストというネットラジオの存在を知ったので、

早速アクセスしてみた。昔からあったのだと思うが、知らない。

好きな音楽を選択して流し続けてくれたり、なかなかいい。

ネットを色々利用して情報交換できる人が、周りにほとんどいないので、

貴重な情報源だ。


最近、NHKプラスというのにアクセスしてみた。

最近のまたは以前のNHKの番組(BSは別)をネット経由で見られる。

ネット経由と言うのは、自分が好きな時間にみられるのでとてもいい。

少し前に放映した「野田ともうします」という番組の

一挙公開をしていた。

思わず見だして、はまってしまった。

そっくりの友人がいるのだわ (笑)

原作は漫画











野田役の江口のりこさん





2022年2月18日金曜日

言葉に出さない言葉

受ける言葉によって、傷ついたり幸せになったり、気持ちを制御されることがある。

一度口に出した言葉は、取り返せない。


昔の映画「卒業」(アメリカ映画)の主題歌、
The Sound of Silence の詩がとても好きだ。
歌っている、サイモンとガーハンクルのサイモン作詞。
映画の冒頭部分に、この主題歌が出てくる。
主人公が大学を卒業して帰省する画面だったと記憶する。

「The Sound of Silence」という言葉に、とても魅力を感じる。

次の歌詞も好きだ。
People talking without speaking
People hearing without listening

人々は話している 喋ることなく
人々は聞いている 耳を貸すことなく

通常私たちは、一番大切なこと、本当は言いたいことを、
口に出さないようだ。
話さない内容にこそ、一番の「心」があるのかもしれない。
口に出さなくても、多くの感情は伝わる。

感情を下手に口にすると、正確には表現できないこともある。
「言わぬが花」「沈黙は金」という言葉もある(笑)。


いろいろあるが、
あまりペラペラ話さないほうが大人なんだろう。

フト外を見ると、
ポッカポッカ雲が漂い踊っていて、童話の中のよう。
遠くの山には雪がうっすら。

たくさんのありがとう そして またね!

友人 内館牧子さんの「お別れ会」だった。 参列者に配られた本の中に、 お得意なイラストと共に 次のメモ書きが挟んであった。 「 心配しないで あっちでみんな元気だから!」 ネー、ダヴィンチに会った? 元就に会った? あっちに行ったらみんないるね、と話したことがあったわね。 4月5...