2023年2月16日木曜日

癒される

今年に入り、さらに「根本的な片付け」への覚悟が強まった。

日常は諸用事優先で、それだけでいっぱい。

中々進まないながらも、片付けを続行、 

根本的な片付けが終了したわけではないが、何とか先が見えてきた所だ。

そこで用事のない今日😊💖😊、気が滅入ることもあり、

料理とミシンかけ三昧の日にした。

私は家庭の人経験がないので、家事に関しては同年代の一般女性の

足元にも及ばないことを、ここに何度目かの宣言をする。

共に「人のため」にできるほどのレベルではないが、大好きな事である。

心が大変癒され、ゆったりと大きくなってゆく。

悲しい誤解の積み重ね問題など忘れよう。


料理したもの(簡単なものばかりだが):

鳥胸肉のフリッター、キノコ類の揚げ物、かき揚げ、ポトフ、

根菜類中心の煮物、お赤飯、生野菜サラダ、魚の干物焼き、大根の漬物

など。

はい、つまりは作り置きにもするわけで。


ミシンかけは、エプロン2枚作成。

1枚は最初から自作、もう1枚は海外で購入したパーティドレスを、

捨てるのがもったいないので、セクシー・エプロンにリメイクしたのである。

共に人前では着ないほうが無難だ。

私はこういうユニークなのが好き。


という事で、寒い一日はAudibleを聴きながら、途中懐かしい電話など受けながら、

家事にいそしみました。

Happy End

リメイクした
ドレスエプロン














2023年2月4日土曜日

大食いの幼なじみ

本拠を故郷に移してから、この地に残る小学校、中学校、

高校時代の旧友たちと再会し、新たな関係ができた。

移ったばかりの時、私は東京や海外と比較して、この地の古さなどに対して、

多分上から目線を隠しもしなかったのではなかったか。

お互いに年齢を重ねた今は、そういう異目線などは相殺抹消されている、

と願う。よしよし。

身体の不自由さ、不安、感謝など共通項目が増えたからだ。


ゆう子ちゃん(仮名)は、小学校1年から6年まで同じクラス、

いつも一緒で家も近く、身体も同じ位大きかった。

たくさんの兄姉の末っ子で、親は家族経営の大きな木工所を営んでいた。

家族一丸となり身を粉にして働く忙しい家族の中で、

年の離れた末っ子のゆう子ちゃんは、サラリーマン家庭である

静かな我家によく遊びに来ていた。

あ~あれから何十年。

おおらかで闊達な彼女は、故郷で事業を立ち上げ、

この年齢になっても、高齢な夫と大人しすぎる未婚の一人息子を背負い、

バリバリ働いている!

アニメ映画「天空の城ラピュタ」に出てくる、

海賊の女船長「ドーラ」に性格や態度が似ていると、密かに思う。

ははは。

彼女の楽しみは「食べる」ことである。

それも大量に食らう。

それなのに一人で食事には行かれないとのこと。

そこで私を誘うのである。

自分は今働いているから、と原則、ご馳走してくれる。

私は外食時代が長かったせいもあり、

今はお家ゴハンのほうが、ずっとずっと気楽でおいしく感じられる。

ダイエット問題もある。

ましてや、連れていかれる多くは「食べ放題」とか「バイキング」!

私は量より質のほうがいい。

私は食べるより話がしたい。

私は話すことによって自分の考えをまとめるタチである。

相手にはお気の毒だが、だれかに話しながらの方が、考えがまとまる。

たとえ、相手が目の前の食事にがっついていても。


かくして我ら「変なコンビ」は、つかず離れず行くのである。

趣味などの共通点は一切ない。

あるのは、子供の頃の深い深い信頼である。

海賊の女船長ドーラ





2023年2月3日金曜日

ある夜の出来事

父の従姉に浅草のオペラ歌手がいる。

父よりかなり年上で、明治の女傑にピッタリの

スケールの大きな豪快な人だった。

晩年一人になって我家の近くに越してきたこともあり、

私が大学生の頃よく家に遊びに来ていた。

周囲の人たちとは異なり、いつも着物姿で、お酒は飲む、タバコは吸う、

プールで悠々と泳ぎ、酔っては歌うその美声、

型破りの所も多く、本当に楽しい人だった。


最近ネットに、彼女の記事が多く出ていることを発見した。

その中には「晩年の様子は途中まで分かったのだが・・・」とか、

彼女の家族のこと、子供などについての記述がある。

情報不足なので知りたい、という記述や、誤った内容もある。

読んでいて、

「私こそが彼女の真実をきちんと伝え、後世に残す役割を担っているんだわ」

と考えた。


とはいえ、ネットの記事を書いた方への連絡方法もわからない事が多いし、

危険かもしれない。

芸能関係の知り合いは、彼女を知らない(時代が昔)ので、煩わせたくなかった。

やがて、私の考えも変化してきた。

少しくらい誤った情報があっても、いいじゃない。

「どう暮らしていたのか?どういう晩年だったか?」

なんて、はっきりしなくてもいいんじゃないか。

ということで、「私の役割」を打ち切ることにした。


Youtubeに彼女の歌声が残っていた。

コメント欄に、書き込みもいくつかある。

私もコメントを書いておこうと投稿した。

「遠い親類に当たる者です。彼女はスケールの大きな豪傑で、

明治の女傑と言う言葉にぴったりの人でした。幸せな晩年を送りました」

投稿後に表示された私のコメントを見ると、本名で投稿されていることに気付いた、

他の人のように名前を変えなくては、と思う。

私はYoutubeは見るだけで、自分で発表するなどの経験はない。

大急ぎで調べて名前だけ変えた。

その前に本名で出てしまったコメントを削除した。

本名のコメントを削除するまでに5分もかかっていないと思う。

名前を変えた後、もう一度同じことをコメントする気分にはなれなかった。

で、終了。私のコメントなし。


深夜である。もう寝ようと最後にメールを見たら・・・

知らない人からのメールが入っていた。

「貴重なお話をありがとうございます」

そして「彼女のお墓はどこにあるのかごぞんじですか」という内容だった。

私のコメントの公開時間は5分、記憶違いだとしても、長くて10分以内だ。

メールを頂いた方は、コメントが入ったら自分に自動通知されるように

なっていたのかもしれないが、ちょっと怖くなった。

メールには「返信」という部分あるが、私の投稿は削除してあるので、

どこに表示されるのだろう???


Googleや他のSNSがどうつながっているのか(つながっているのだ)

ちゃんと把握しておかないと、すべて筒抜けだと再認識した。

しばらくは、返事も出さないで無口でいようと思う。

浅草オペラ  記事の人とは関係ありません

2023年1月28日土曜日

人それぞれなのだ!

 寒い日が続いているが、海沿いのこの地方では、

私はあまり寒さは感じない。

近所の古い家屋に住む友人が

「昨日の朝、部屋の温度は0度だった」と言っていたが、

平気そうだった。

私はキーンとした冷たい空気が好きだ。

国連の発表によると、室温が摂氏18度以下は虐待にあたる、とのことだが、

私は冬の室温が18度を超えると、息苦しく、薄着になる。

血圧が上がるかもしれないが、自分が心地よければそのほうが体にいいのではないか、

と最近は思う。

心地よさは人によって異なるのだ、自分の本能に沿えばいいと考えている。


近所に101歳の方がいる。

クーラーもあるにはあるがほとんど無機能で、小さな電気ストーブと

昔の掘りごたつで暮らしている。

古い家で段差が多く、また2階への階段も急である。

それなのに元気だ! 階段の上り下りもしている。

住み慣れた家、住み慣れた環境、一緒に暮らす最愛の娘、

だから101歳でも元気なのだと思う。

もし、常に室温20度、計算しつくされたカロリーや栄養素の食事をする

施設などにいたら、多分こう長くは生きられなかったかもしれない。

この年齢になったのだ、人はそれぞれ、もう一律思考には振り回されたくない!

節度よくは守るけれど、振り回させない!


友人からの一押し、お勧め映画「老後の資金がありません!」を見た。

大笑いした。草笛光子の美しさと存在感は素晴らしかった。

世の中の、お金の提言ばかりに振り回されず、

個々の本当の幸せについての映画かしら?

笑うのは最高だ。


まばゆいばかりの陽光の中、誘われて某広場に散歩に行った。

広い県営の広場の早朝、人はほとんどいない。

空はどこまでも広く青く、綿雲がふわりふわり。

くっきり見えるはずの富士山は、綿雲に包まれていたが。

週末1日目のスタート!

綿雲が広がる







丹沢には雪が




2023年1月24日火曜日

歌の会

友人に誘われた。

 「<一緒に歌いましょう>という歌の会の催しがあるの。一緒に行かない?」

以前だったら絶対に参加しない私だが、参加することにした。

どんな歌うたうのかしら?どんな人が来るのかしら?

場所は公共施設だし、金額も少額で、大体の雰囲気予測はできる。

期待はほどほどに、と思った。


はじまった。

昔の歌声喫茶のような感じだ。


歌声喫茶とは、私たちが若い時代に盛況だったある種の喫茶店で、

中心にアコーディオンやギター、ピアノなどの演奏者と歌手がいて、

それを囲むお客は主に学生である。

客たちは、伴奏に合わせて歌手とともに大声で歌うのだ。

「オオブレネリ、あなたのお家はどこ~」とか、「小さな日記」とか。 

まことに清廉で質素、品行方正、純粋で明るい昔の学生たちの姿が蘇る。

私はお茶の水あたりにあった喫茶店に一度だけ行ったことがあるが、

あまり趣味ではなかった。

純粋過ぎて、こそばゆかった。


今日のお客は、ほとんどが同年代65~80歳くらいの女性でした!

ホストはギター片手のやはり同年代の男性A氏で、彼は多分プロである。

まあ1時間半、何曲だっただろう!たあ~くさんの歌。

私も歌いましたよ!大声で。

冬の季節を歌う唱歌「冬景色」から、「青い山脈」「襟裳岬」

「あの鐘の音を流すのはあなた」「寒い朝」「若者たち」

「私の城下町」「津軽海峡冬景色」「空よ」などなど。

1時間半、何と楽しかったのです。


次は3月で、それも申し込んできた。

こんどはフォークソングとか、竹内まりあの曲などもやってほしいなあ。


年齢を重ね、身体も変化し、一人暮らしになり、友人も変化してゆく中で、

新たな体験をどんどん重ねていくことが(そんなことしたくない、と以前は

思っていたとしても、まずやってみることが)

年齢に沿って楽しく生きてゆくことなのだろう。

と、マタ イイキカセテイル ワタシデス。

でも楽しかったのよ。

誘ってくれた友人に感謝である。

吉永小百合「冬の朝」歌っているところ






2023年1月23日月曜日

女性 仕事 人

 何気なくこのブログの過去を見ていたら、「映画 ドリーム」を見た感想が書いてあった。

思わず読み返した。

同じように働いてきた友人がよく言う。

「私たちは仕事に恵まれて、普通では出来ないような体験や経験ができたのよ。

だから今少しぐらい大変なことがあっても、文句言わないの!

皆、子育てなどでやりたい事我慢した結果、今の落ち着いた幸せがあるんだから。

私たちはさんざん楽しんだんだから、もういいのよ」

はい、こちらもとても苦労したこともあるけれど、まー納得。


さて、映画:

少々長いブログでアメリカ映画ですが、日本はまだまだ女性と仕事と言う点では

未開発国(凄く)ですが、よかったらお読みください。

学校や職場、生活が、皆いい気持ちでできる時が来ますように!

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2017年10月14日土曜日

数日前に見た映画が頭から離れない。実話である。

日本題「ドリーム」

このタイトル、不服だ。そんな甘いもんではなかったろう。

原題「Hidden Figures」(直訳 → 隠された人々 )


時代は、1960年代、コンピュータがまだヨチヨチ歩きだった頃だ。

舞台は、米ソの宇宙開発競争まっただ中のNASAである。

主人公は3人の黒人女性。3人とも数学の天才でその頭脳明晰さにより、最上級の教育を受け肩書を持つ。

とはいえ人種差別の残る時代、薄給の臨時雇いで管理職にもなれない。

人工衛星やロケットの離陸および着地には、私には想像もできない高度な数学の計算が必要のようだ。

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******* 以下 映画のストーリーである。それほどのネタはない映画だが、      

******* 見たい人には知らないほうがおもしろいかも。

******* 彼女たちの仕事は、衛星軌道や着地点を計算して割り出すことである。

******* 読みたくない人は次の「*******」マークまでパスしてください。      

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内容)    

オフイスも何もかもが、白人と黒人は分かれていた。

白人たちから遠く離れた黒人だけのオフイスにいたのでは(携帯もLineもない時代)

計算のためのやりとりは間に合わない。

そこで主人公の一人は、白人男性だけのオフイスに席が設けられる。

女性は白人の秘書だけだ。

黒人の彼女は同じコーヒーポットも使えず、トイレも遠くにある黒人専用に行かなければならない。

やがて、彼女の迅速な計算がなければ有人衛星の打ち上げができなくなり、

国家機密会議にも出席が必要になる。

白人女性さえも出席していない時代、女性プラス黒人の彼女は

目立たないようにひっそりと小型計算機(上級電卓のようなもの)を手に出席するのである。

そして会議の中心問題、着地地点の軌道を決めて宇宙飛行士を救出すること、は彼女の計算結果、つまり彼女の力量にゆだねられるのだ。

実際はこの映画よりはずっと困難だったと思うが、やがて功績が認められて差別が薄れてゆく。


コンピュータがヨチヨチ動き出した時代。

いずれ彼女たちに代わり、コンピュータが計算を担うだろうと予測できた時代である。

別の主人公は、白人専用の図書館に潜り込み、Fortranというコンピュータ言語の本を入手する。

天才の彼女にとって、プログラミング言語の習得は簡単なことだった。

そして計算室の(colored computer という部屋で多くの優秀な黒人女性が計算に携わっている)女性たちにコンピュータ言語を教え始める。


もう一人の女性は、NASAで最初の女性技術者になる。

IBMコンピュータが稼働を開始する。

しかし、IBMの技術者たちも、まだよく稼働できない上に計算ミスもある。

それを助けるのが彼女たちである。

やがて彼女たちが、NASAのコンピュータを担うことになるのだった。

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******* 以上 映画のストーリー終了                      

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彼女たちの年齢は、私の母親とほぼ同じだ。

そしてこの映画の舞台となった年代(宇宙開発競争時代)は私が大学生から社会人になる少し前の時代だ。

夜明けに家中で起きて、帰還宇宙船が無事回収できるか、祈りながらテレビ中継を見守ったっけ。

米国の宇宙挑戦は進み、やがて月面到着に至る。

月面に到着した宇宙飛行士3人は世界中を凱旋した。

東京で行われたパレードをすぐ近くで見た!

日に焼けて精悍だなあと思った(身長180センチ以上の白人男性しか選ばれなかった)。

アメリカ大使館近くのビルには「Welcome Astronauts」の垂れ幕がひるがえり、大騒ぎだった。


その陰に、こういう人たちが「隠されて」存在していたのね。

自分が行った計算結果の報告書の隅に、名前さえ載せられない、削られてしまう。

私の身のまわりでも、過去に似たことはあったし、今もあるでしょうが。

  二重差別 … 私は女性であり、そのうえ黒人である

米国のフェミニスト アリス・ウォーカーの言葉を何度も思い出した。


NASAのオフイスは、人々は、学卒の私が入社した外資系(米国)のコンピュータ会社を思い出させた。

男性の中に一人、同じ職種に携わるというのも、その後の私の社会人人生で多々経験したことだ。

そこから、自分の社会人としての色々を思い出した。

映画の中で「Work like dog」という言葉が聞こえたこともあったかもしれない。

入社したとき、「女性らしくあれ、でも仕事は犬のように働け」と言われた。

半分ぼんやりしながらも、みな「やる気」だった。幸せだった。


やがて社会人としての実力がつき、ある年齢になると、男性のライバルとなる。

どの男性も追いつけないくらい、超超超頭脳優秀ならまた別だろうが、そうでなければ、

おだやかに体制を受け入れ、出っ張らなければ、昇進はしないが暖かく扱われる。

ま、あまりやる気にはならないわね!

そこをうまくやるのが能力ではある。

差別だと心をとがらせるのは無意味。女は女のやり方で。

人生の最終目標は、幸せな結婚生活なのだから。それ以外は不幸、大変だ。


日本はまだそういう時代だった。

色々思い出すが、それはまた別の機会に。

今の若い人の多くは専業主婦だなんだ言っていられないようだ。

食べていくために、お母さんたちも何でもいいから

仕事をしなくては!という時代だ。

仕事の意義とか自立とか考えられたのは、時代にゆとりがあったからかもしれない。

若い諸君、大変ではあるだろうが、頑張ってください。よくはなってきていると思います!


言いたい:

働くということは、自分の仕事を持つということは、素晴らしいことだ。

困難な時もあるけれど、本当に素晴らしいことだ。

若者は、辛くても素晴らしいと思える仕事や職場に出会ってほしい。

大人は、そういう仕事や職場を作ってほしい。

また、人材を見極められ、冷静で社会的な判断のできる大人の女性をもっと多く育ててほしい。


仕事は素晴らしい!

専門知識・専門分野を身に着けよう!

彼女ほど高度でなくても。

それは大きな武器でもある!

ドリーム」の一場面借用画像












2023年1月22日日曜日

夕焼けの中へ~

 自転車を変えた。

筋力がだんだん落ちるお年頃。

今の自分にあった安全な自転車に変えた。色はブルー!

あまり乗っていなかったので、これからたくさん乗ることにしようと、

昨日に続き、夕方外に飛び出した!

寒いけれど、外は夕焼け色に染まっていた。

私も自転車と夕焼けの光の中に飛び込んでいった。

ふわふわと飛ぶように、優雅に、ゆっくりと、

混んでいるところは避けて、サイクリングを楽しんだ。


自転車をこいでいると、下半身の筋力をよく使っていることが分かる。

つい車を使ってしまうが、自転車は小回りもきくし、運動になる。

車は年齢を思うといつまでも載っていられないだろうし、

ゆっくり(半分歩いても)自転車に親しんでいこう。

もっと筋力とバランス力を鍛える必要がある。

鍛えましょう。

海の夕焼け










貴女の名前はなあに?




たくさんのありがとう そして またね!

友人 内館牧子さんの「お別れ会」だった。 参列者に配られた本の中に、 お得意なイラストと共に 次のメモ書きが挟んであった。 「 心配しないで あっちでみんな元気だから!」 ネー、ダヴィンチに会った? 元就に会った? あっちに行ったらみんないるね、と話したことがあったわね。 4月5...