2021年12月24日金曜日

メリークリスマス

 今日はイブ

昨日から、ラインに楽しいクリスマスの動画が送られてきている。

楽しくなって、つい友人たちに転送してしまう。

それにしても、ネット上は別として、静かなクリスマスだ。

コロナだし、一人暮らしだし、「クリスマス・イブ 特別な日!」は

どこにいったのだろう。まあ、年齢もあるけど ネ。

家の周辺はシーンとしている。


ディナー(ムフフ)は、クリスマス・チキンをメインにした。

食後、近くの友人の家で「クリスマス・おしゃべり」を楽しんだ。

暖かい夜である。


メリークリスマス!

世界が平和でありますように!

おいしかったです@自作


今年の推し

 以前SNS で垣間見た投稿の、気になる一節が思い出される。

 ー 昔読んだ旧ソ連時代の本の中に、こんな記述があった。

   高齢者たちを郊外の同じような庭付きの家に住まわせている。

   そこで野菜でも育てて暮らせというのだ。

   そんな夢のない生活を強いられるなんて、何とひどい国か!

 投稿者は続ける。  

 この状態は、今の日本人の高齢者からみれば、

 自分達よりずっと恵まれているのではないだろうか?


確かにそうもいえるかもしれない。

旧ソ連の人々は(どういう人なのかは不明)高齢になると

庭付き一戸建ての環境を支給されるなんて!

環境が均一化されて決められているのでは、確かに「夢」はない。

とはいえ、今の日本の現実を見回すと、高齢で持ち家も生活のゆとりもなく、

現在と少し先の生活が成り立つか、不安な人がたくさんいる。

「夢」が持てない事を嘆くのは、贅沢なことかもしれない。

人生100年という長さを考えると、高齢者の将来の不安は増す。


高齢者とは、経験と知恵を集積した、目先の利益などに無関係な

大きな存在でありたい。

最近の高齢者問題は、すべてお金お金で情けない。

***********************************

今年の私の「押し」の言葉  by 倉本聰

***********************************

金なんか望むな。

幸せだけを見ろ。

そして謙虚につつましく生きろ。


都会は無駄で溢れ、その無駄で食う人々の数が増え、

すべては金で買え、人は己のなすべき事まで他人に金を払いそして依頼する。

他愛ない知識と情報が横溢し、

それらを最も多く知る人間が偉い人間だと評価され、人皆そこへ憧れ向い、

その裏で人類が営々とたくわえてきた生きるための知恵、

創る能力は知らず知らずに退化している。それが果たして文明なのだろうか。

『北の国から』はここから発想した。

―――― 以上 ――――



現役を終えた私たち世代は、それでいい。

蔓延している価値観から解き放たれ、本来の自分になれる。

現役世代の人たちよ、圧死されないようにと願う。

2021年12月20日月曜日

チンチン電車

 64年の時を超えて、子供時代のうっすらとした記憶の物体が、

大好きだった大きな物体が、目の前に横たわっていた!

それは、昔この町を走っていた路面電車だ。

チンチン電車という愛称で呼ばれていた。

(だれもその名詞をヘンとは思わなかった!)

電車が発車するとき車掌さんが上から下がっている紐をひくと、

引かれた紐が天井を伝わってベルを揺らし

「チンチン」と鳴るのだ♬


この町の中心地を走っていて、私たち子供は親に連れられて乗っていた。

高い乗車階段を引っ張り上げられて登り、お金を払う、チンチンと出発だ。

いつも満員だった気がする。

この電車と数年前に亡くなった像のうめこさんは、子供時代の大きな思い出だ。

65年前にこの地での仕事を終え、長崎で利用されることになった。

長崎で64年間も走り、お役目が終わり、多くの人の協力によって、

生まれ故郷のこの地に帰還したのだ。


今月のスケッチの会の集合場所は、その電車が展示してある広場だった。

私はよく通るのだが、多忙につき横に見ながら通過していた。

今日はゆっくり再会しよう!

高い乗車階段を、今では膝痛の私が「やっこらしょ」と登る。

運転席の上の紐を引っ張ってみる。

チンチン

鳴った!

「母ちゃんとよくのったなあ」

元男の子は、子供時代の言葉に戻りはしゃいだ声で叫んでいる。

座席に座ったり、運転装置に触ったり、子供時代にかえって楽しんだ。

電車は思っていたよりもがっちりと大きく、広々としていた。

本物って思った。

こんなに広かったのね












おかえりなさい

電車で遊んだ後、スケッチに行きました






2021年12月11日土曜日

換気扇

 換気扇の掃除を頼んだ。

到着が遅れて、薄暗くなってやっとピンポーン。

玄関を開けると、ゆりやんレドリバーに似た、大きな若者が笑顔で立っていた。

両手に色々な道具が入ったバケツや入れ物を持ち、脇にはたくさんのシートを挟み、

首からは大きなバッグを下げている。

思わず吹き出してしまった。

「だいじょうぶ~」

我が家には余分な駐車場スペースがないので、近くの駐車場に車を置き、

そこから必要なものを手に持って来たのだった。


換気扇のお掃除は大変である。

クーラーの洗浄は器具を使って洗い流せるが、

換気扇はこびりついた油を、溶液につけたり、手作業でそぎとってゆくのだ。

6時に開始して終わったのはほぼ9時だった。

家に来る前は、浴室の清掃だったそうで、カビと水垢を落す浴室の掃除は

水素を使うので、ガスマスクのようなものを被って行うそうだ。

この子(27歳の若者ゆりやん)の作業を見ていて、来る時間が遅れたのが

よくわかる。

大変丁寧な仕事ぶりなのだ。きっと前の浴室清掃も時間をオーバーしたのだろう。

一人で黙々と何時間も作業する仕事だからだろう、ちょっと話しかけると

たくさん話しだす。

そこでわかったのは、彼はこの近くで育ち、この町の高校に通っていた。

高校では福祉部に属し、養護施設やお年寄りの施設をまわって

サンタクロースなどやった。高校にはつい最近まで恩師に会いに行っていた。

コロナの前は東京で飲食店をやっていたが、コロナで閉店した。

またいつかやりたい、と。

「でも、飲食店は気を付けないと冒険だよね。

だってその日に何人人がくるかわからない生活だから、不安定。

サラリーマンだった私はそう思う」と私。

こういう答えが返ってきた。

「儲けとかは気にしません。楽しくやれれば。常連さんがいれば問題ないです。

楽しかったなあ、いつも遊んでいるみたいだった」

また、今の若者は、あまりお酒は飲まないそうだ。

経済成長期、たくさんの収入を得てたくさん飲んだり買い物して

浪費しまくった我世代!


ゆりやんは一生懸命換気扇を磨きながら、とっても幸せそうな笑顔を浮かべていた。

夢がかないますように! かなうよ!

きれいになりました



首飾りみたい





2021年12月7日火曜日

クリスマス・プレゼント

クリスマスのシーズンがきた。

西洋人は、お正月よりクリスマスがメインだ。

そういう知人たちとの、カードやプレゼントのやり取りが忙しい季節だ。

英文の手紙も添えねばならないので、つい面倒になってしまう

(翻訳ツールよありがとう)。

とはいえ、以前に比べれば、本当に少なくなりました。


海外とのクリスマスのやりとりの起源は、中学1年生の時だ。

中学生になって英語を学び始めた時、楽天的な私は

もう英語をマスターしたような気分になった。

これで世界中の人と、直接やり取りができるんだ!と。

中学1年の初夏には「郵便友の会」を、この地にさっさと設立した。

私は興味が湧けば、それが人物であろうと組織であろうと、大変積極的に行動する。

当時はメールなどなくて「文通」の時代だった。

郵政省が中心になり、世界の子供どうしが文通でやりとりして友達になるという運動をしていた。

私はバーバラさんという2歳位年上のオーストラリアの女の子と文通を開始した。

その文通は10年以上続いた。私はすっかりオーストラリア通になっていた。

お互い20代終わり頃まで、文通は続いた。

やりとりした写真もたくさんある。

彼女からは学校の制服姿、家族の結婚写真、彼女自身の結婚式、

そして生まれた可愛い男の子の写真。

結婚式の衣装は手作りで、その布の切れ端も送ってきたっけ。


私は彼女への手紙を日本語で書く、どんどん書く。

父がそれを英語に訳し(父は絶対に楽しんでいた)

私たちおしゃべりな女の子は、膨大な量の文通をしていた。


クリスマスは、お互いにプレゼント交換の時だった。

色々な部分で、「手作り」「心がこもった」「義理や無理のない」

素朴ともいえるうれしいやりとりだった。

彼女から送られたもので覚えているのは、

「手作りのテーブルクロス」とか「手作りの帽子」そして色々なアクセサリだった。

私は「赤毛のアン」の世界だわ、と思った。

私は英文のカードの書き方や、海外へ発送する贈り物のあれこれを、

彼女のおかげでたくさん経験できた。


それから何十年、私はこの季節、いつもクリスマスカードやプレゼントを

海外に送り、私も頂いている。

今年のプレゼントのやりとりの相手は、一人だけだ。

今年は簡単だわ!とほっとしたのもつかの間、

今年から、「海外への輸送システム」が変わり四苦八苦。

やっと終了したところだ。

今年から、海外になにかを送るには、
IDを作り登録する必要がある。












今年の贈り物

2021年12月4日土曜日

読書

お天気のいい冬の日の午前中、家にいる時は、

ベランダを中心に、2階で過ごすようにしている。

全身で陽光を浴びていると、命の源にエネルギーが注がれているように感じる。

椅子に座ったりマットに寝転がったりして簡単な運動をしたり、

本や新聞を読み、ネットで調べ物をしたり、

至福の時間だ。

やがて汗ばんできて、上着を一枚脱ぐ。


陽光の中で、久しぶりに日本の文学雑誌の小説を読んだ。

私が日本の小説を読むのは、本当に稀なことだ。

で、今日読んだのは若い人の短編で、なかなか面白かった。

小説としてというより、スマホを使った追跡手段の説明に興味を持った。


物語りは、ネットでしか知らない匿名の人物に事件が発生し、

数人の仲間と共に、その居場所を探し当て、事件を未然に防ごうとする話だ。

自分は本名も住所も知らない相手を、ネットに公開されている様々なデータだけを元に、

特定していく。一種のゲームである。

ネット上の知り合い数人が、心一つにネット内を探ってゆく。

好意で結ばれた仲間、とはいえ、お互いに本名も顔も何も知らない。

深入りしない関係、その時点での共通点で結ばれている。

この繋がり方も現代的でいい。


YouTube GPS チャット ブログ 街のカメラ情報 などを駆使して

素人のベテラン達が目的を追っていく。

作者のことは知らないが、男女の差異もなく、たわわな胸に憧れてもその気持ちは

我が世代のオヤジやオババの動物的な匂いはせずに、どこかメルヘンチックで清潔だ。

小説としてはどうなのかわからない。


小説は人間を書くものだと思うが、テクの使い方を経由して人間を書く時代なのかしら?

と言うことは、半分はテク。

いずれにしても世界はどんどん変わっているのだな。


お城の庭では忍者ショウを上演中







2021年12月3日金曜日

私のペット

ペットを持たない私は、一人暮らしの今、パソコンはペットのように思える。

 今まで、何台パソコンを使ってきただろう。

個人的に最初に購入したのは、出張用に急遽準備した

Compaq(現在はHPに吸収された)のノート型PCだ。

約30年も前の事。

思い出が深くなかなか捨てられなかったが、

昨年ついに画面が剥がれてきたので、廃棄した。


30年前の私の夢のひとつは、車にPCを積んでどんな場所のオフイスでも、

海辺でも山の中でもPCを使うことだった。

ファッショナブルなスーツを着て、ワイン色のアタッシュケースを手に。

当時、米国の同職女性たちを見てそう思ったのだ。

私はまだ車の運転ができなかった頃だ。

当時ひとつひとつのPCは線でつながれ、

その線を通じてデータが移動される時代だった。

無線化なんて考えられなかった。


現在は海辺でもどこでも、移動しながら、PCやPC化したスマホを使って、

会話も音楽も動画さえもやりとりができる。

私も運転するようになり、夢は完璧に現実となった。

そしてこの年齢になって得た自由は、夢以上のものかもしれない。

そう思うべきだろう。


たくさんのPCを使い変えてきた。

今も廃棄すべきPCが2台ある。

故障もしていないしちゃんと動くのだが、最新のOSには厳しいのだ。

メーカーのOSの更新は暴力的である。


現在の生活の中で、一番の友人かもしれないPCたち。

それらは私のロボット型のペットなのだ。

とはいえ、そろそろ私も本当の命を持ったもっと曖昧な心のある、

深い生命知能に接した方がいいのかもしれない。

そんなことを思う今だ。


ハロー






2021年12月1日水曜日

12月です!

朝、ベッドの中で暖かさにくるまれてヌクヌクしていた。

「あ、今日から12月。そしてクリスマス、お正月もすぐだわ!

コロナの今年も、何の区切りもなく過ぎていくのだろうな」

外からの風の音がすごい。昨晩は雷と風雨の音で何度か目が覚めた。

こういう冬の日は、家の中にいるのが一番。

今日は運動レッスン日だが、休むことにした。

ベッドの中で 極楽・極楽。

夢うつつに、年末年始のことを考えていた。


知り合いの中には、gotoを利用して

「今だ!」とお得な旅行計画をたてている方々もいる。

私はそんな気分はない。

そういう人々がワイワイ集まる所には、もう行きたくはない。

最近は、初日の出も見に行かなくなった

(すぐそばの海は初日の出スポットなのに)。


そしてお歳暮。

私は人との物のやり取りが大変苦手だ。

日本の社会人としては、常識が欠けているようだ。

物のやり取りは、膨大な時間とエネルギーが必要になるかわりに、

仕事や人間関係に深く影響を与える。

金銭で、人間関係を作っているように感じてしまう。

そういう事を多く経験したし見てもきた。

だからなおさら、高齢になった今、もう卒業したいのだ。

純粋なやり取りならうれしいけれど、それも習慣化すれば私にはきつい。

以前、樹木希林さんが、頂き物を一切受け取らずに断わっている画面をみた。

断わられたほうは傷つく。好意をつっかえされたのだから。

しかし、断る方がその何倍も気苦労するものだ

(樹木さん位になれば平気でしょうが)。


何年も何年も努力して、やり取りの数を減らしてきた。

物のやり取りがいやで、付き合いを絶った人もいる。

「贈り物」は日本の心の文化、伝統なのだが、

慣例的なもののやり取りは、もう卒業したい。

そう思いつつ、ご厚意溢れる先方の笑顔を思うと、なかなか断れない。


智に働けば角が立つ。

情に掉させば流される。

意地を通せば窮屈だ。

とかくに人の世は住みにくい。


ネッ!











お盆休み

ちょっとはちゃめちゃな1週間だった。 お盆休みでいろいろなことがお休みになり、 人々の多くは「家族行事」の週だ。 少なくなってはいるが、子供や孫を迎える、 というのが昔ながらのスタンダードな平和風景だ。 特に予定のない私は、絶対に家の整理!絵も描きたい!と思っていたのに、 抜本的...