2023年1月22日日曜日

夕焼けの中へ~

 自転車を変えた。

筋力がだんだん落ちるお年頃。

今の自分にあった安全な自転車に変えた。色はブルー!

あまり乗っていなかったので、これからたくさん乗ることにしようと、

昨日に続き、夕方外に飛び出した!

寒いけれど、外は夕焼け色に染まっていた。

私も自転車と夕焼けの光の中に飛び込んでいった。

ふわふわと飛ぶように、優雅に、ゆっくりと、

混んでいるところは避けて、サイクリングを楽しんだ。


自転車をこいでいると、下半身の筋力をよく使っていることが分かる。

つい車を使ってしまうが、自転車は小回りもきくし、運動になる。

車は年齢を思うといつまでも載っていられないだろうし、

ゆっくり(半分歩いても)自転車に親しんでいこう。

もっと筋力とバランス力を鍛える必要がある。

鍛えましょう。

海の夕焼け










貴女の名前はなあに?




2023年1月21日土曜日

室内で履くもの

 私は今、家の床を滑るように軽く動いている。

歩いている、というよりかけている、浮いている感じだ。

それは、スリッパを履いていないから。

素足で歩くより、ソックスだけで動くより、

ずっと楽な履物を履いているのだ。


この半月、余った時間にできるだけ多くのものを廃棄したり整理している。

その過程で、未処理の母の履物などが多く出てきた。

その中に、施設で履いていた室内履きがあった。

Mサイズ。きれいに洗ってあるので履いてみた。ぴったりだ!

歩いてみた。

軽くて動きやすくて、それ以上に足が踊り出しそうな

履き心地だ!

その瞬間から、私はもうスリッパを履かなくなった。

階段だって踊りながら登れそう。


色々な介護製品が生み出されている。

現在の自分は介護レベルには遠いが、膝や腰に違和感がある。

そういう時は、介護用品を検討するのもいいと思った。

この年齢になり、コロナ下でもあり、

一日で一番長く履く履物は、室内履き(スリッパ)だ。

履物を変えることの影響は大きい。

だまされたと思ってお試しあれ。


私が履いている軽いもの



そこが固く中が暖かくなっている物もある。
これは履いても、スリッパとあまり変わらない。







2023年1月14日土曜日

ちっくしょう!


前回の最後

「つつがないいつもの日が始まった。

このような日常、このような時間を大切にしようと思う」

呪文のように繰り返して言い聞かせている。

言い聞かせるようにこのブログを書くこともある。

本当? 満足?

多くはYES満足、時にはNO 。


心の中の嵐が、情熱が、時々抑えきれずに吹き上がる。

安定した優しい毎日こそが、何よりも大切だと知りながら、

言い聞かせながら。

スリル、脳と体を目いっぱい駆使した冒険ができたら、どんなに楽しいだろう。

昔のたくさんの出来事、この私がそんな事していたの?というようなことを

思い出す。

実際に今そうなったら、身体的に、脳的に無理だろう。

自分で分かっている。


身体と脳の老化!これにはあがらえない。

自然の摂理。

そして私は、地方の生まれ故郷に居を移した。

まわりの同年代は、仕事を少ししたり、趣味に没頭したり、温泉に行ったり、

家族の世話など、心を優しく保ち、人に迷惑をかけないように祈りつつ、

一生懸命残った時間を時分のできる範囲で過ごしている。

過ごそうとしている。

少しづつ衰えながら。

私もそう見えるだろう。

しかし、人それぞれ、心の中には色々なものがうごめいているに違いない。


究極の生きる目的は、死ぬことだ。

だから「ちっくしょう!」なんて思わないで、

静かに命を受け入れていかなくてはねえ。

でも・・・・ちっくしょう!

しっかりしてね!自分!


怒ったり笑ったり
C'est la vie 









2023年1月11日水曜日

日常のはじまり

 連休明けの1月第2週。

今日から、日本語ボランティアが始まった。

コロナの影響もあって講師も受講生も少なかったが、

だんだん増加傾向になってきた。

講師陣の中枢が病気で入院したこともあり、

皆、それぞれの責任を再認識してがんばっている。

ここの教え方は個人レッスンである。

結果、自由に教えられるのがいい。

できるだけ、楽しく有効でいい時間になるように、

それぞれ工夫もしている。そういうのが楽しい。


レッスンが終わると、仲良し講師3人で食事に行く。

一人暮らしどうしの3人なので、時間も気にせず、

おしゃべりに花を咲かせる。

ほぼ同年代で、3人というのもいい。

たくさんの情報を仕入れ、伝えて、別れる。


つつがないいつもの日が始まった。

このような日常、このような時間を大切にしようと思う。

描きたい風景




2023年1月9日月曜日

オリーブの実

 庭に鉢植えのオリーブがある。

20年くらい前に、友人から頂いた。

頂いた春には白い花が満開になった。そして花は実を結ばずに散っていった。

最初の年ほどたくさんの花が咲くことはなかったが、

でもたくさん、または少々、春になると小さな白い花を身に付け、

やがて散っていった。

あえて大木にはならないようにしながら、オリーブ色の葉が茂るだけでも

素敵なので、それでよしとしていた。


フト、花が咲くのだから結実させたいと思う。

同じ樹の中では、受粉しないということを知らなかった。

そこでもう一鉢オリーブを購入して、そばに置いた。

しかし数年間、何の変化もなし。

昨年の春、近所の家にオリーブの花をみつけたので、

絵の筆とビニール袋片手に、こっそりと花粉どろぼうを試みたのだった。

自宅のオリーブに、絵の具の筆で受粉してみた。


そんな試みを忘れた頃、ふとみると実がついている!

私にしてはたくさんだ!64粒!

今迄も1個や2個の実はなったが、それらは「成り行きでちょっと・・・」

という感じだったが、今回は正々堂々。

実の収穫は12月中旬。

それから重曹で渋をとったり、塩水につけたりして、

ついに本日、完成となりました!

口に含むとオリーブの香りと味!

あまりにおいしくて、つい食べてしまい、数は減ったけれど

頂いた友人にも分けなくては!

友人宅のオリーブも全く実をつけなかったので。

来年はもっとたくさん収穫したい!と冬場の栄養を研究中。

実のなるものを植えるのは、何と楽しいことでしょう。


自作・オリーブたち

2023年1月8日日曜日

廃棄整理

 お正月に親族と過ごして帰宅後、一念発起して、

何度目かの家の大整理を決心した。

物を取っておいても時代は変わり、それを欲しがる子供もいないだろう。

残す意味はない。迷惑だけだ。廃棄だ!


いくらお掃除して片付けても、今使わない物を廃棄しない限り整理はできない。

家の中には「もう使わない物」「いつか使うかもしれない物」「譲りたいもの」

でいっぱいだが、それらをしまう場所はたくさんある。

だからきちんと隔離して保存し、後は目をつぶることもできる。

しかし「使わない可能性のある物がたくさんある」という事を私は知っている。

使わないのに「ある」ことも気になる。

お茶を点てたい、あのアクセサリを付けたい、あの本を再読したい、未読本も多い、

お気に入りの衣類や着物(もう着られない物もあるが)もたくさんある、

私にとって、家の中はお宝もので溢れているのだ。

そのお宝ものが、重荷になってもいる。


もう手放す時期が来たのよ、と自分に言う。

今迄も、何年間も、徐々に整理し廃棄してきた。

しかしこれ以上の整理は、レベルを変える必要がある。

今使いたいものも、もうそれは出来ないと決断しなくてはならないのだ。

もう読む時間はない、着るゆとりもない、行くこともないし、会う事もない。

日々の自分のことで、いっぱいなんだもの。

丁寧にゆっくり毎日を過ごそうと思っても、

未整理物が気になる。


「いつか」「だれかに」と思っていたことには線を引き、

今から自分だけのこれからのために、だんだん衰えていく身体に

やさしい環境にしていこうと思う。

その第一弾:

万が一、2階への階段の上り下りが困難になった時のために

(それが一時的にせよ)、1階だけで暮らせる準備をしようと立ち上がった。

タンスを一つカラにし、2階の家具をおろし・・・・

なかなか大変である。

結局は、家じゅうのものの再配置(その前に廃棄)が必要になる。

焦ると、ろくなことはない、ゆっくり進めよう。

今週から日常が始まので、他の用事で中断も多くなるだろうが、焦るな。


ゆっくり丁寧に、日々を感謝して大切に、そのためには物を減らせ!

「やりたいこと」を絞ること!全てするのは時間切れ、と言い聞かせる。

言い聞かせるという事は、少々無理があるのかも。

まだ修行不足である。


どこまで整理できるかな?

もし完全には出来なくても、第2弾もあるから気軽に、と言い聞かせている。


アイルランドの友人からの
クリスマスプレゼントに入っていた雑誌。
ほとんど読んでいないけれど完読はしないだろう。
これも捨てる?





2023年1月6日金曜日

春にして君を離れ

 1月5日にちょっと書いたアガサ・クリスティの作品。

読み終わり、再度読み始める(私には珍しい事だ)。

テンポも語り口もどちらかというとだるいのに、なぜこうも惹かれるのだろう。

再読1/5あたりで、はっと気が付いた。

いやいや、最初から心の奥底で気が付いていたのだ。

これは、ある部分私のことのようだ、と。

そして、同じように感じる人も多いだろう。

優れた作品が皆そうであるように。


自分は正しい事をしている、愛する人のために、仕事のために、

家族のために、と尽くすほどに相手を追い詰め、

しかも自分はそれに気付かずに正義感の元、押し付けてゆく。

双方にとって悲劇である。

誰もが少しは経験することだと思う。


クリスティは、ゆっくりと小さな伏線をたてながら、

徐々に主人公に気付かせ、追い込んでいく。

今迄非の打ちどころもなく、家庭の中心にいたつもりの自分が、

実は家庭の災いの源であったことに。

大変怖い「殺人事件」以上の作品だと思った。

終わり方も、人生経験豊かで人間らしい。


自分のある部分について、色々考えさせられる小説だった。








たくさんのありがとう そして またね!

友人 内館牧子さんの「お別れ会」だった。 参列者に配られた本の中に、 お得意なイラストと共に 次のメモ書きが挟んであった。 「 心配しないで あっちでみんな元気だから!」 ネー、ダヴィンチに会った? 元就に会った? あっちに行ったらみんないるね、と話したことがあったわね。 4月5...