2016年4月30日土曜日

健康グッズ

知らない間に、身のまわりにちょっとした健康グッズが増えている!

私は、凄く少ないほうだと思う。

肩こりほぐし

足の裏ゴロゴロ

ボール

血圧対策トレーニング器(お借りした・お試し中)

このほかに、竹踏みとか、グリップ、鉄アレイ・・・

先月から開始した筋トレ教室では、様々な筋トレ・マシンも使っている。

何か、すごいなあ、現代のシルバー対策。

2016年4月29日金曜日

春雨の中の新緑

雨の日が多い。

雨の中で、若葉が生き生きと力強く輝いている。

人間の赤ちゃんも、ずんずんと大きくなる季節。



出会い・新しい友みっけ!

2016年4月28日木曜日

もうすぐお祭り

日本は、もうすぐ連休。

ここも多くの市町村と同様、連休はお祭りシーズンになる。

昔はバラバラだった様々なお祭りを、連休に統合して、盛大化を図っている。

お祭りは前夜祭(夜宮)ではじまり、2日間行われる。

最後の夜は、たくさんの御神輿(おみこし)の宮入である。

私の家は、市の中心的な神社のそばにある。

家の前の通りには、夜遅くまで御神輿の行列が並び、掛け声や唄で騒然となる。

お祭りなどに冷静な私でも、多分どんな人でも、その祭事の喧騒の中にいると、

血肉が騒ぎ、酔う。


というわけで、そろそろお祭り、あたりがざわついてきた。

町内会の出番である。 

昔ほど多くはないが、1年で最大の行事、と、その時を待ち構えて生活している位の人もいる。

私はできるだけ目立たないように、「無」に徹して、最低の役割を果たす。

強制ではないので、やらなくてもいいのだが、そのほうが疲れる。

町内会を敬遠する人が増えている原因のひとつは、同じ町内の人でも、熱意の差、

年代や生活からくる文化の違いだろう。

同じことを、気の合う仲間でやったら、すごく楽しい行事だろう。

色々あるが、文化の維持は大変だ。

大切にされている、近所の古いポスト・現役
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2016年4月27日水曜日

緑深い山里で

毎週水曜日、午後2時間、郊外の高齢者施設を訪問している。


何かボランティアをしたいと思った私に、知り合いが推薦してくれた。

少人数のケアハウスへの訪問だ。

「身の回りの小さな幸せを見つめる」ために、このブログを書き始める少し前、1月下旬のことだ。


そのケアハウスは、家から車で30分弱、郊外の美しい山里の中にある。

高齢者が、穏やかに、若いスタッフたちと暮す、きれいな所だった。

責任者も、スタッフも、喜んでくれ、ただ座っているだけでも、とても助かるとのことだった。

歌を歌ったり、雑談をしたり、ゲームをしたり、何もしなかったり。

慣れてくるに従って、話もはずむ。

買い物にも行った、今日は図書館に行った。

一緒に行ったMさんは、名文で知られた作家のエッセイを借りていた。

彼女の知識や本の選択を見ていると、認知症とは思えない。 会話も普通だし。

ただ、直前のことをどんどん忘れるらしい。

私は彼女との雑談を楽しんでいる。 いろいろ教えていただくことも多い。


春がきて、元気になってきた私は、いろいろなことをやりはじめた。

そして今、ケアハウスに毎週行くのが、きつくなってきた。 

やりはじめたことに慣れるまで、しばらく訪問をお休みすることにした。

勝手だが、事情を話し、受け入れてもらった。

責任者は、私が元気になったことをとても喜んでくれた。 

でも慣れてきたのに、すみません。


気がついた!

知らない間に、入居者やスタッフと、とても深いつながりができていた。

何か行事があるときとか、月に1回くらいはずっとお手伝いしたい。


何かを教える事とは異なり、このボランティアは、結果は目にはみえないけれど、

心の深いところに、「想い」と「やさしさ」を残す。すごく心が癒される。

また、若いスタッフが思慮深く働く様子に接するのは、気持ちがいい。

知り合いが推薦してくれただけのことはある。


しばしお休み。 私自身のことがひと段落するまで。

かしわ餅の季節!

2016年4月26日火曜日

ネコがたくさん・・・

猫の排泄物に悩まされている。

隣家と協力して、やわらかな地面の部分に小石をまいたり、薬をまいたり。

決して猫が嫌いなわけではない。

自然な要求だもの、禁止しているわけではない。 ただ困るのだ、こちらが。

最近は家の中で飼われる猫が増えていて、隣家も同様だ。

「人」のような飼い猫が増加中だが、

飼い猫でも、家と外を自由に出入りする猫は、縄張りなど、いろいろ決まりがある。

「猫の集会」などは不思議な雰囲気で、人間は入っていけない。


猫に関する本を読んだことがあるが、野生猫(野良猫)の生活の厳しさに驚き、尊敬を感じた。

忘れられないのが、その結末だ。

母猫は子猫を自分で産み、苦労して一人(一匹)で育てあげ、

生きるための基礎を、子猫に教える。 

高い所から飛び降りる練習を、見たことがある。

未経験で臆病でやんちゃな子猫を、根気強く、何度も何度も教えていた。

過酷な出産や食べ物調達、教育等の生活環境で、母猫はやつれていく。

そして、最後の仕事は、「家族を解散すること」 だそうだ。

これが一番大切で重要な仕事だ、とその本には記されていた。

野生は厳しい。


ドラえもん、あなたは猫型ロボット。

公衆ネコトイレの場所を作るから、皆そこに行くように伝えてくれないかしら。



2016年4月25日月曜日

眠い夜

今日も色々動き回った。

電車に乗って少し遠出もした。

夜、訪問客があり、おしゃべりタイムもあった。

眠いので、今日はここまでです。

おやすみなさい。


2016年4月24日日曜日

千年池

千年池の周辺では、様々な物語が営まれていることを知った。

この池は奥まったところにあり、一般の通行人は通らない。

先日、目があって泳いできた亀。

次の日、合図をすると、目をギョロっとこちらに向けたが、定位置の石の上から

動かなかった。 


今日、私の前を9歳くらいの男の子が走りぬけ、橋の上から、池をのぞいていた。

視線の先は、例の岩 (石) だ。

「亀?」 と聞くと、男の子はうなずく。 亀がいた。

ポケットからパンくずを出して、池にまき始めた。

すると ・・・ 鯉が寄ってきた。 亀も泳いできた!

「亀、パン食べるの?」

「わかんない。 鯉は食べるよ」

亀は鼻の先でパンをもてあそび、去っていった。

好物ではないらしい。

横をみると、池に張り出した岩に乗って、猫がフーっと、水面を見ている。

鯉を狙っているのかしら?

ザワザワと風が吹き、見上げると松の枝に、カラスがいた。

小さな池とその周り、たくさんの生き物たちが生活しているんだな、と思った。


亀の顔、よくみるとあまり可愛くない。 

でも、こちらに向かって泳いでくる時、頭を上にあげ、短い腕で一生懸命水をかき分けて来る。

正面からみると、かわいい顔だ。 

子供がこちらに向かってハイハイしてくるような感じがする。


パンくずとたわむれる亀

2016年4月23日土曜日

それぞれの時間

ハワイアンの音楽が、眠気を誘うように静かに流れる、午後の体操教室。

私たちは、筋トレやストレッチのあと、マットに横たわって体をほぐしている。

インストラクターの声が、子守歌のように聞こえてくる。 だるい心地よさ。

目をつむり、体の隅々までウーン  と伸ばす。

微風が窓から流れてきて、ほてった体に心地よい。

「幸せだなぁ」 と思った。 単純にそう思った。


今この時間、南半球で、友人は何をしているだろう、と突然思う。

新たに手に入れた広大な自分の土地に昨日から入り、車で生活しているとのこと。

夜中に、月明かりで目が覚めたそうだ。

長年の夢を実現させた友人。

今頃、広大な空の下で、新しい自分の土地の開拓計画に没頭していることだろう。

今この時間 ・・・ それぞれの時間。


大好きなたけのこ、今日は自分でゆでました!

2016年4月22日金曜日

春のレイ

「素敵な色ねえ! レイ、フラダンスのレイをかけているのかと思ったわ」

知らない女性が、突然声をかけてきた。

「え? スカーフです」

「遠くからみると、レイのようにみえるのよ。 きれいだわ」

「服の色が地味なので、アクセントにしているの」


私は、黒いパンタロンに、たっぷりした黒いニットのブラウスを着て、黒いベルトをしていた。

春なのに黒々しいので、濃淡のピンク系の透けたロングスカーフを首にかけていたのだ。

知らない人に服装のことを言われるのは、好まないけれど、

笑顔で手を振って去っていく女性の後姿を見て、心の中に小さな花が咲いた。


色の祭典

2016年4月21日木曜日

絆の力 in Japan

昨日から5日間は、スケッチ水彩画教室の、年に一度の発表会である。 

今日は、受付の担当日だった。

力作、秀作が多数あるとはいえ、素人の作品展である。 

多くがシルバー世代。

なんという盛況だろう!

絶え間なく訪れる、見学者。 多くは知人、または絵をやっている仲間だ。

絵を描くのが好きな男性の多いのに驚く。

一般に男性は、やり始めると「はまり」、徹底的に打ち込む人が多いそうだ。


名画と見比べるような見方をしている人もマレにはいる。 不幸な人だ。

殆どの人は、素人がここまで描くのに、どんなに努力しているかを思い賞賛する。 丸い人たちだ。


「あ、ここの桜、本当にきれいねえ」

ある絵を見て叫ぶ、たくましいおばさんシルバー。

描いた人が、絵について説明するのをさえぎり、

「ここの桜ね、昔、あるおじいさんとおばあさんが植えたんだって」 と、話を続ける。

「それが今では、こんなに大きくなって、きれいになって・・・。

桜並木のはじに、大きな石の碑があるのよ。 知ってる? 

おじいさんとおばあさんの息子が、皆にそのことを知ってもらおうと、建てたんだって!」

広い会場に、大きな声が響く。 みんな微笑んで聞いている。


受付の芳名帳には、墨色も濃く、達筆が並ぶ。 

急がず、ゆっくりゆっくり丁寧に記帳する。

お祝いのお届け物も預かる。

このような深いつながり、絆が幾重にも幾重にも重なって、

地域の力になっているんだろうと、実感した。


庭は花盛り・雑草と共に
手前の白い花はブルーベリー

デイジー
開き始めた藤の花



2016年4月20日水曜日

亀が来た

この数日、降雨量が多かったせいか、千年池は満水だった。

結果、いつも亀が乗っている小さな岩は、水面下で見えなかった。

あ!今日は水が減り、その岩が水面から出ていた。

その小岩は、台型で上は平らである。

そしていつものように、亀が一匹、その小岩に乗っていた。

 
岩が自分の甲羅くらいの大きさなので、いつもは、体の半分だけを岩に乗せ、半分は水中だ。

(大きな岩場がたくさんあるのに、ここが好きなんでしょう)

今日は体全体で岩に乗り(結果、手足は、はみ出して宙ぶらりん)

しかもこちら、正面を向いている ・・・ 私に気づいたことがわかった。

何かを感じた !!! 

私は手をひらひら振った。

すると、彼または彼女は、ひらりと水面に降りて、こちらに向かって泳いでくるではないか!

え~~~!


亀の顔って、正面からみると、鼻の穴が正面にあって、とてもかわいい。

また、犬のような感情を感じる。知性を感じる。

以前からそういう思いがあるので、千年池の亀にも、友情を感じていたのだ。


亀は笑いながら、泳いでくる。

こういうとき、どうしよう ・・・ せっかく来てくれても、何も食べ物ないよ~。

頭をなでてやることもできないしイ。

歌を歌ったら聞こえるだろうか?

ま、目的はえさだろうな、と冷静に判断する。

えさを持ってきたら、新しい友人(友亀)ができるかな。



数分、ぐるぐるまわったり、ふわふわひらひら泳いで、戻っていった。

明日も来るか、試してみよう。 えさは持っていかないで。 

亀のえさってミミズ? いや~。

また亀の話になってしまった。

大好きな花が開花しました。

2016年4月19日火曜日

被災された方々を思う

九州の地震は、いつ終わるのだろう。

それ以上に、終わった後の今後を思うと、言葉にならない。

いや、今は地震そのものに対応しなくては。

改めて思う。

なんでもない日常、平凡な日々が、どんなに幸せなことか、と。

被災者の方々に、はやく、そういう日が戻りますように。

戻りますように。

2016年4月18日月曜日

新聞 ― 「紙面」か「電子版」か「なし」か

夕方、ピンポーン。

出てみると、新聞の勧誘員2名だった。

ずっととっていた、朝日新聞の人。

「電子版をとっているから」 と断ると、二人ともがっくりした。

配達される紙の新聞をやめ、電子版に切り替えてから、1年以上になる。

二人には言わなかったが、その電子版は2月に既にやめていた。

今は、何もとっていない!

困るどころか、ものすごくさっぱりして、せいせいしている!

しかし、二人には言わなかったが、「やはり紙面の新聞をまたとろうかなあ」 と迷っていたのだ。


新聞のほとんどのニュースや情報は、TVやネットで既に知っているし、知ることができる。

TV番組や広告、ちらしの内容は、ネットでも見られる。

既に情報を得ている私にとって、興味のある、価値のある記事は、かなり少ない。 

その少ない中に、宝石のような情報があるのだが。

紙の多さと山のようなチラシを前にすると ・・・ いらない。 

 「読め、読め」 とたまる未読の山。 脅迫される気分になるのだ。


電子版で解決したと思った。 読む場所を選ばず、手軽。 こんないいことはない!

しかし、やがて、未読がたまる。 また脅迫される気分。 

でも 「紙」 のように物理的には残らないから、気は楽だ。

とはいえ、発光体の紙面である、読みにくい、目が疲れはじめた。

疲れ目をこすってまで読むことはない、未読の山積みはやめようと、停止したのだ。


ところが、生まれたときからの習慣もあるのだろう、新聞が恋しくなってきた。

そうだ、必要というより、習慣だと思う。

(私は年齢的に、新聞を好み読むが、若者の多くは、新聞を読まない、不要と思っている)

紙形態の新聞は欧米と同様、今後、激減するだろう。 そして新聞店は不要になる。


ピンポン ・・・

新聞店はこれから大変になっていくだろうなあ・・・。 それもあって ・・・

結果、とることにしてしまった。 ただし8月からにした。 ちょっとだけ、意地だ。

それまでは、紙がなくて清々する!

8月が待ちどうしくもある。 面倒になったら、またやめればいい。


新聞大好き人間から、新聞社にお願いがある。

事件や社会問題、スポーツなど、TVやネットと重なる情報を極力除き、

文化面中心の記事を掲載した、ウィークリー新聞を出してください。

勝手かしら ♪

梅の実がこんなに大きくなっていた。
梅干を漬ける季節も真近だ。

2016年4月17日日曜日

では公開

3月20日の「手仕事」というタイトルで、突然手仕事がしたくなり、

ブラウスを作り始めたことを書いた。

見せるように、というコメントをいただいていた。

忘れてはいません。 遅くなりましたが、公開します。

一時中断したりしたが、思ったよりも早くできた。

実は、このブラウスは、家にあった着物から作ったものだ。

この柄の着物は絶対に着ない、でも捨てるならちょっと試してみようと思ったのだ。

絹なので、着心地もいいだろうし。

また、細かな部分でいろいろ工夫されている。本のとおりに作った。

まあまあの出来かしら?

とはいえ、この私の作ったもの、人前に着て出られるかは不明である。

ただ、自分で作ったと思うと、すごくうれしい。


昔、甥が2歳位のとき、太い毛糸でフード付のコートを編んであげた。

彼はそれを着たとき、ヨロっと、重さでよろけたそうだ。

そのコートは、右か左にちょっとゆがんでいた記憶がある。 チョッキだったかも。

被害者はそこまでにしたい。 でもまた何か作りたい、と思う私である。

サラリ

2016年4月16日土曜日

大地震

今年2月に、クライストチャーチ(CHCH)で、5年ぶりに地震が発生した。

5年前、東日本地震は、CHCH地震の1ヶ月後に、発生した。

で、私は絶対に関係がある、と、すごく注意していた。

赤道直下あたりで大地震が発生したこともあり、北上してきていると感じることもあったが、

そろそろ安心してもいいかな?と思い始めたところだった。


一昨日、4月14日夜に、マグネチュード6.5の大地震が熊本で発生した。

昨日、被災地は、何度も何度もその余震に見舞われていた。

そして、今日未明、M7.3の大地震が発生し、実はこれが本震で、

その前のものはすべて余震と考えられる、とのことだ。

地震は、熊本、阿蘇、大分と、震源地が移動していて、まだ終わらない。

TVをかけっぱなしにしていたが、TVからは、何度も何度も

「緊急地震速報」が発令された。

5年前の東日本大震災のときを思い出した。

TVを見るのがつらかったが、でも、くぎ付けになっていた。 暗い日々だった。

東京からさらに西のこの地域でも、店舗や公共施設は照明を半分に落とし、

私たちは、並んで食料を買った。

電力不足を補うために(ということで)、地区別に順に停電が実施された。

熊本地震は、地震の規模としては、東関東地震より規模が大きい?多分。

震源地が、一箇所だけでなく、次々に移動しているのだ!

1日に何度も何度も、M6とかM5の大地震が、余震として発生している。

恐ろしい。被災された方々は、どんなに大変だろう。

東日本大地震は、津波と原発によって、大惨事、悲惨きまわりないものになった。

熊本地震は、地震そのものだが・・・ これからどうなるのだろう?

たくさんの被害者を思ったら、政府に心と頭脳があるなら、

適切で早急な支援と、そしてそして、即座に原発を止めて欲しい。

日本は、どこにいても地震から逃れられないのだから。

被災は、他人ごとではないのだから。


地震で瓦が崩れた熊本城(共同)

2016年4月15日金曜日

さだまさし

私は、さだまさしのフアンである。 

最初に世に出た、「精霊流し」 を聞いたときから。

どんなに非難されたことだろう、バカにされたことだろう。

何であんな暗いのがいいの? あの顔が~ (顔ではありません)。

ちゃらちゃら、へらへら、気持ち悪いとか、随分言われた。

わざわざ長崎の、彼ゆかりの喫茶店に寄ってきて、「ださい」と、

ライバル心むき出しの友人もいたっけ。

TVでも、面白おかしく、おふざけで茶化す芸人もいた。

故に、私は隠れキリシタンのように、口を閉ざすことにしたのだった。


ああ、それから何十年。

彼は日本全国でコンサートを絶えることなく続け、

コンサートの回数は、2013年7月に4000回に達した!

いくら借金があったとしても、何と健康で働き者なんだろう。

そして、彼のコンサートは、しゃべりもとても面白くて、内容が濃いのである。

しかも、つきることなくいい音楽を書き、小説まで書いている。

小説も映画化されるほど、レベルが高い。

私は彼の歌詞を読むと、心が動かされる。

「言葉」に、より才能があるのかもしれない。ある程度の「くささ」は認める。 

彼の中心にあるのは、多分「家族愛」。 家族愛って当然ながら「くさい」ものである。

OH、つい熱が入る。

で、最近、さだまさしが、よくメディアに出始めていて、誇らしくも驚いている。

特にNHK。 そして若者にもフアンが多いことがとてもうれしい。

近ごろの日本の若者、「大人になってきたな」って私は思うのです!


来週は絵の発表会
額に入れておめかし

2016年4月14日木曜日

スケッチウォーキング

今日はスケッチウォーキングの日。

地元郊外にある、植物園へ行った。

春の新緑がまぶしい。

上手な人たち、個性も様々、先生も口出しせず、しかし要所要所は締めるので、

大変満足している。

自分で努力しなければなかなか上達しない、個人の勝手、ここがいい。

私は入り口近くの大きなケヤキの木を中心に、構図をとった。

コーヒーやおいしいパンの香りに誘われ、お弁当を持っていったのに、それらもいただく。

構図をだいたいとった所で、友人とおしゃべり中心のお絵かきタイム。

植物園は広く、池や梅林、バラガーデン、満開の花々、春爛漫でありました。

写真を撮ったので、絵は帰ってからゆっくり仕上げます。
このケヤキにトライ!


梅林の中に咲いていた真っ白な花。何?


















2016年4月13日水曜日

発見

千年池には、最低 3 匹の亀がいることを発見!

皆同じ大きさ  (小さくはない) 。

先日、池の端の大きな岩に、ならんで甲羅干ししていた。

いつも目にしたのは、同一のヤツとは、限らないらしい。

なぜ、亀だらけの話になっちゃうんだろう。




2016年4月12日火曜日

さあ歩こう! 進もう!

初夏の風情。

日本語レッスンの春休みも終了し、今日は新年度の最初のレッスン日だった。

春休みは半月以上あった。 

その間に、ボランティアばかりしていても ・・・ と考えることもあった。

しかし、今日、久しぶりに行き、レッスンして、どんなに自分が元気になれるかを

実感した。 感謝した。 とても楽しく、生き生きした時間だった! 

しかし、やりたいこと、やるべきことがありすぎて、少々負担にもなっている。 

年齢を考慮に入れていなかった。 年齢をヒシヒシと感じる。

そこで、日本語レッスンのコマ数をしばらく減らすことにした。

この数ヶ月は、他のボランティアの時間も縮小し、自分の仕事、趣味、健康第一にしようと思う。

健康ではあるが、メタボ系、体重を落とす必要がある。


自分のこと、自分の「今」に目を向けるようになれたのは、

前向きへの、一歩前進だと思う。


真っ白なウォーキングシューズも新調!

2016年4月11日月曜日

花びらに埋もれて

近くの千年池(私が名づけた)を通ると、さくらの花びらに埋もれて、

定位置に、いつもの亀がいた。

上の写真をアップしたのが、下の写真だ。

亀とほぼ同じ大きさの、小さな岩に半分乗っている。

何となくこっけいな感じ。




私もあなたのように、ゆったり落ち着いて、心静かに漂っていたいものだ。


2016年4月10日日曜日

顔の年輪

友人のブログに、映画 「The lady in the van」 の予告編が紹介されていたので見た。

www.youtube.com/watch?v=OA8tMziteZM&feature=youtu.be

日本語のタイトルは不明だが、昨年2月、英国で公開された作品。

車で路上生活をする老女の、堂々とした生き様の実話を映画化したものだ。

マギー・スミスが主演し、顔のしわ、肉体の老化を堂々と披露している、いつもながら。

老いた顔を堂々と出す女優は、演技に人生に、自信があるからだろう。

欧州には、多い。 素敵だ。
ハリーポッター出演のマギー・スミス

日本では、TVに出る中年以降の女優や俳優が、とてもきれいで若い。

容姿が衰えると、出番もないのだろうか。

普通の人でも、日本の高齢者は一般に、欧米人より若く見える人が多いと思う。

それなのに、不自然な位、若い頃のような容貌を求められるのだろう。

結果、年齢を経ても、顔が変らないように努力する必要があり、

整形手術やプチ整形、化粧術で、若く見せている。 しわは消す。 

不自然さは隠しようがなく、演技よりも、ついそちらに目がいってしまう。

日本だけのことではない。整形が普通の世の中になった。

大変だなあと思う。顔は、年齢と共に変化してゆくのが普通なのに。

年齢を経た顔、生き様の湧き出る深い顔で勝負できる女優は凄い。

映画 「クロワッサンで朝食を」 に出た、ジャンヌ・モローを尊敬する。


自分も高齢化してきて、しみじみそう感じるのであります。

ジャンヌ・モロー

夜の訪問者

緊急の用事があり、近くの知り合いが、夜来ることになった。

最近の私の生活様式では、夜の訪問者は滅多にない珍しいこと。

夕食も済ませていることでしょうから、コーヒーを用意した。

口をあけた、新しいコーヒー。

ついでに、今日求めた夏みかんも用意した。

夏みかんは、手をつけるまでは、何となく食べにくいが、

一口食べると止まらなくなる。

写真右の夏みかんは、客がくる前に、きれいに私のお腹の中に納まっていた。





人は「生きるために食べるのか?」「食べるために生きるのか?」
ときどき、わからなくなる。
わからなくてもいいのだ。

2016年4月8日金曜日

春を満喫

地元に密着して生活していると、この季節、お花見だらけの感がある。

地元は観光地で、お花見の名所でもある。

今日は満開の桜から、花びらが舞い舞いの中、

高校時代の仲良し同窓生が、久しぶりに集合して、楽しい時間を過ごした。

年を重ねる毎に、仲良くなることを実感する仲間。


季節がどんどん進み、夏の気配さえ感じる。

昨年の夏行った、七尾の海を思い出した。


七尾の海

2016年4月7日木曜日

絵の具セット

「絵を描くのね。 迷惑でなかったら、これを使って欲しいの」

少し年上の友人が、押入れの奥から出してきたのは、

未使用の絵具セットだった。

顔彩で水彩とは少し異なるが、ほぼ同じように使える。

多分絵手紙用のもので、コンパクトになったセットだ。

彼女の、亡くなった伯母に当たる方のものだと言う。

「私は絵を描かないので使わないんだけれど、捨てられなくて」 とのこと。

やさしい彼女は、高齢の方々をいつも大切にお世話していた。

その方々が最近立て続けに亡くなり、彼女は突然眠れなくなってしまった。

すっかり痩せて、やつれ果ててしまった彼女。

私は喜んで、その絵の具セットをいただき、ちょっとした絵を描いて、

お礼状を出した。 先週のことだ。

2-3日後、「うれしかった」と、お礼の電話を受けた。

無口の彼女には珍しく、たくさんたくさん色々な話をしてくれた。

時間はかかるでしょうけれど、きっと元気になりますよ。

元気になってね。

その思いを込めて、私、このセット使います。



P.S
昨日書いた「新しいこと」は、無難にスタートいたしました。
また機会があったら、書きます。
それなりのレベルで、好奇心進化中。

2016年4月6日水曜日

前進

今日は、郊外にボランティアに行った。

桜が満開の小川の川辺、梅林のわき、春野菜の緑がまぶしい畑の中を、お年寄りと散歩した。

小さな梅の実が、たくさんなっていた。 

もうすぐ、大きくなって梅の実がたくさんとれるだろう。

一緒に歩いたお年寄りは、農家の出身で、いろいろ教えてくれた。

私、そういう話を聞くの、大好きだ。

こういう時に限ってカメラを忘れて残念っだった。

絵のような、春の田園風景だった。


1月から、約3ヶ月、私、がんばったな。 

心が落ち込まないように、外に出て、新しいことを色々はじめた。

すごくがんばった。

行動した。 ずいぶん元気になった。

身近で助けてくれた人たちのこと、忘れないようにしよう。


そして、明日、また新たなことが始まる。

いいのか悪いのか、わからない。 不安もある。

新しいことを始めるときは、いつもそうだ。

でも、自分の本能のままに進んでみよう。

いやならやめればいい。 

一番いやなのは、何もしないで 「つまらない」 と思うことだから。

気がつくと、カレンダーは予定でいっぱいだ。

一昨日のつぼみが開花していた


2016年4月5日火曜日

アインシュタインの脳トレ

新聞に紹介されていた脳トレアプリ、「アインシュタインの脳トレ」をはじめて、1年と少しになる。

認知症対策だ。 だって4人に1人が認知症になるだろうという時代だから。

これでトレーニングしたからといって、認知症の予防になるとは思わない。

ただ、過去の履歴が記録され、グラフ化されているので、結果の推移をチェックできる。

認知症傾向になれば、多分グラフのカーブが劇的に変化すると思う。

そのために、チェックをしている。

現在のところ、「トレーニング」と「慣れ」により、成績は上昇カーブを描いている。

トレーニングは、記憶、計算、論理、視覚の4分野からなり、ゲーム感覚で解いてゆく。

テストする時間帯によって、結果が大変異なるのがおもしろい。

私の成績がいい時間帯は、午前、昼寝後、そしてはっきり目覚めている深夜だ。

深夜については、私が最も集中できる時間が、本来は、深夜だったからだろう。 

成績が悪いのは、食後、午後、疲れているときなどだ。

いい時間帯と悪い時間帯の差は、気分も何もかもが異なり、別人のようだ。

いい時間帯は、計算や複雑なことを記憶するのが、楽しくてしょうがなくなる。

悪い時間帯は、計算、記憶など、脳を使うことが大変億劫になる。

速度も全く異なり、これが同じ自分なのか、同じ脳なのかと、驚いてしまう。

この結果を元に、大切なこと、重要なことは、テスト結果のいい時間帯にすることにしている。

脳も体も、時間・状態によって効率に大きな差がでるのは、加齢だろう。

何でもかんでも、加齢・華麗・カレイであります。 いいこともある!


「アインシュタインの脳トレ」アプリ \500

2016年4月4日月曜日

命日

今日は母の命日。

2年前の今日、自宅で私と妹に見送られて、旅立った。

とても綺麗だった。

また春が巡り、庭には当時の草花が、母の部屋から見えるように咲き誇っている。

母が逝ってから、ほったらかしの庭なのだが、季節は巡り来る。


雨のしずくが

コスモス?
開くまであと数日

この月桂樹を、食卓によく飾った。母は「きれいだね~」と何度もいっていた。
いただいた、
母へのレゼント


2016年4月3日日曜日

ムヒカ大統領

ムヒカ大統領は、ウルグアイの大統領で、世界で一番貧しい大統領として有名である。

リオ会議(環境の未来を決める会議)での、彼の演説は、大変話題になった。

今人類がみなおすべきことを訴え、幸せについてやさしい言葉で説明し、

世界中から絶賛された。 ネットにも出ている。
https://www.youtube.com/watch?v=heXus7A7Q_Y

彼が来日するので、TVで、有名な演説を放映した。

賛同する人が、世界に多いことにホットする。


私はもう年齢的に、社会と同期する必要はなくなった。 

自由ともいえるし、相手にされないともいえる。

社会から離れていると、最近特に、はっきりと気づくことがある。

TV、新聞、ネット、あらゆるメディアが、一定の方向へ我々を導いている。

買いなさい、消費しなさい、え!そんな古いもの、流行遅れなものを使う? 着る?

おかしいよ、と。買いなさい、買いなさい、お金がすべてだよ、と。

「物」は、私たちを幸せにはしない。 

それなのに「物」に追われて、アクセク生活する。

これは、彼の言うように、「政治問題」だ。

しあわせって、青い鳥って、身近にある日常なんだろうな。


昔よく食べた、母手作りの海苔巻きとおいなりさん
急に食べたくなって作った。
ほんとうにおいしかった。またフトルわ。
し・あ・わ・せ・はここに(ちょっと哀しい?笑)










2016年4月2日土曜日

かえるの歌

草野心平の詩、とっても心がなごむ。

子供の頃、妹が突然、愛嬌たっぷりに、よく朗読していた。


「月のおもてに雪が降り・・・

眠ってるだろう かえるの目・・・・

しんしん、しんしん、今は何にも見えないよ」


著作権のことがあるので、このようにしか書けないが、素晴らしい詩。

かえるたちは、もう冬眠から目覚めたでしょうね。

子供の頃育った家のまわりには、おたまじゃくしやかえるがたくさんいた。

我ら子供たちは、一緒に育った気がするよ。

環境の変化は劇的だ。

春を召し上がれ







2016年4月1日金曜日

今日もお花見

私の住む町のさくらは、まだ5分咲き程度だ。

それでもたくさんの人たちが、さくら見物に来ていた。

遠方から親類が来たので、一緒に満喫した。

普段はあまり周りを見ないで歩く私だが、今日はゆっくりゆったり、話をしながら歩く。

静かに、純粋に花と散策を楽しんだ。


さくらは、夜桜

千鳥が淵のあたり

缶ビール片手に、そぞろ歩くこそよけれ







お盆休み

ちょっとはちゃめちゃな1週間だった。 お盆休みでいろいろなことがお休みになり、 人々の多くは「家族行事」の週だ。 少なくなってはいるが、子供や孫を迎える、 というのが昔ながらのスタンダードな平和風景だ。 特に予定のない私は、絶対に家の整理!絵も描きたい!と思っていたのに、 抜本的...